「それじゃあ行こうか」

夫の直樹はそう言って荷物を持って玄関を出る。そしてタクシーに2人で乗り込んだ。

大人しい性格の直樹だが毎年、この時期になるとことさら元気をなくす。お盆の帰省が直樹にとって憂鬱な行事だということは伝わってきていた。

25歳で直樹と結婚して、今年で7年目になる。だから帰省も7回目。毎年お盆になると直樹の実家に2人で帰るのが習慣だった。

タクシーで空港に向かい、飛行機に乗る。到着した空港からレンタカーを借りて30分ほど走ったところに直樹の実家はあった。

帰省した夫と義母の抱える違和感

詩織がチャイムを押すと勢いよく玄関が開き、中から満面の笑みで美江が出迎えてくれた。

「あらぁ、久しぶりね、詩織さん」

詩織は頭を下げる。

「お久しぶりです」

「ちょっと痩せたんじゃない? 大丈夫、夏バテしてないかしら?」

「いえいえ、そんなことないですよ」

詩織は談笑をしながら家に上がる。

いわゆる嫁姑の関係だが、仲は悪くない。美江は詩織のことをとても可愛がってくれているし、気も遣ってくれている。悪い人ではない、と思う。

けれど、レンタカーから荷物を下ろしてきた直樹を見る美江の目は冷たい。

「直樹も早く中に入りなさい。虫が入っちゃうでしょ」

それだけ伝え、直樹が慌てて玄関に入った瞬間にぴしゃりと閉める。直樹はばつが悪そうに俯きながら靴を脱ぐ。美江はそんな直樹に目もくれず詩織をリビングに連れて行く。

「詩織さん、喉渇いたでしょ。麦茶冷えてるからね」

「は、はい、ありがとうございます……」

結婚した当初から美江は直樹に対して厳しいなと感じていた。しかしいくら嫁とはいえ、よその家の親子関係の問題だ。口を出すのもよくないと思い、黙っている。

詩織はリビングに行く前に仏間に置かれた仏壇の前に直樹と並び、線香をあげて手を合わせた。仏壇の真ん中には、直樹の父である辰雄が微笑んだ写真が飾られている。

直樹が重い腰をあげて帰省しているのは、こうして亡き父に会いにくるためなのだろう。静かに目を閉じている直樹の横顔を見やった詩織は、そんなことを思った。