500万のワンボックスカー
「夏海、ちょっと外、来てくれる?」
あるとき、上機嫌な優典に呼ばれて玄関の外に出ると、見慣れない車が停まっていた。それは、キャンプ道具を積むのにぴったりなワンボックスカー。しかも、どう見ても新車だ。
「……これ、どうしたの?」
「買ったんだ。今の車じゃ荷物が入りきらなくてさ。車中泊もできるよ。びっくりした?」
あっけらかんと笑う優典の言葉に、夏海は目を見開いた。どれだけ安くても500万円前後はするだろう。
「……相談、してないよね?」
「ああ……うん。でも、俺の貯金で買ったし、維持費もなんとかするよ」
「あのね、これはそういう問題じゃないよ、優典」
「えっ……」
そう言ったきり優典が固まった。どうやら夏海の反応が予想外だったらしい。
「私ね、優典が楽しそうにしてるのが嬉しかった。ずっと辛い思いをしてたあなたが笑えるなら、多少のことはいいって思ってた。だけど……何の相談もなく、こんな大きな買い物を1人で勝手に決められるのは嫌……」
今まで飲み込んできた言葉が、次から次へとこぼれた。自分でも意外なほど、声が震える。
「だって……私たち夫婦でしょ?」
長い長い沈黙が続いた。
優典のことだ。きっと夏海がぶちまけた言葉から、あれこれ考えているのだろう。うつむいたまま突っ立っていた優典が、やがてぽつりと呟いた。
「……ごめん、夏海」
拍子抜けするほど素直な謝罪だった。その表情には、後悔の色が浮かんでいる。
「自分でも気づいてたんだよ、本当は。ちょっと調子に乗ってるって。でも楽しくて、止まれなかった。夏海が何も言わないから、甘えてた」
「そうだね、ちょっと行き過ぎてたね。私だって、何でもかんでも許すわけじゃない。優典が楽しむために私が嫌な思いをするのは違うと思う。もちろん逆もね」
優典は何度もうなずいた。
「……本当に、ごめん。これからはちゃんと相談する。道具も、もう増やさない。夏海がいてくれるからこそ、俺は前に進めたんだって、忘れちゃいけなかった」
「うん……せっかく一緒に楽しめることを見つけたんだから、大切にしたい」
その日、久しぶりに2人でキッチンに立ち、一緒に夕飯を作った。
「やっぱり家で食べるごはんも、いいな」
そう笑う優典の顔を見て、夏海はようやく胸のつかえがとれたような気がした。