夏海の夫・優典はあまりの業務量から疲弊し、適応障害と診断され療養を余儀なくされていた。バレー部で活躍していた根っからの体育会系の夏海はなんとか夫に元気を出してもらおうと、運動に誘うのだが気のない返事が返ってくるばかりだ。
苦心した末、見つけたのが「グランピング」だった。澄んだ青空の下、空調の聞いたテント内で優雅に過ごす。これには優典の疲れ切った心も癒されたようだった。優典の顔には久方ぶりに笑顔が戻っていた。
そして優典はなんとか職場に復帰する。これで一安心だと胸をなでおろす夏海だったが、優典は次第に自分を救ったキャンプにのめりこんでいくようになり……。
前編:多忙が原因のメンタル不調で休職、食事もとれないほど憔悴した夫を救った体育会系妻の思い付き
キャンプ道具を買いあさる夫
「また新しいペグ買ったの?」
玄関先で荷物の受け取りをしていた優典の後ろ姿を見て、夏海は思わずそう聞いた。
「うん。最近のは軽量で強度もあるって評判でさ。前のより絶対使いやすいと思うんだよ」
振り向いた優典は、まるで少年のように目を輝かせて言った。「買い過ぎじゃない?」と喉まで出かかったが、あのどん底のころの生気の抜けた表情を思い出して、思わず口をつぐんでしまう。
「そっか、じゃあまた週末、使ってみようか」
そうやって、夏海はまたひとつため息を呑み込んだ。
最初は、「優典が少しでも楽しく過ごせるなら」と心からそう思っていた。自然の中で心をほぐし、日々の緊張から解放される時間が彼にとって何よりの薬だということは、よくわかっていたから。だが、いつしかキャンプは毎月から、毎週になり、装備もどんどん増えていった。
テントも、最初は1万円台の初心者用だったはずが、いつの間にか何倍もするモデルへ。チェア、テーブル、クッカー、焚き火台。家の一角がまるでアウトドアショップの倉庫のようになっていった。
「これ、そんなに必要?」
「うん、ちゃんと揃えておくと快適さが全然違うんだ。夏海も楽になるよ」
たしかに、便利にはなっている。
しかし、心のどこかにひっかかるものが増えていった。