家に届いた一通の封筒

競馬を楽しみ、家に帰った緑子がリビングの扉を開けると、祐樹がテレビもつけずソファーに腰かけていた。

ローテーブルの上には、1通の封筒が置かれている。近づいて発送ラベルを確認した途端に、一瞬で血の気が引いた。封筒は件の消費者金融からだった。初めてお金を借りた日から3カ月が経っていた。

「これは何?」

低い声で問いかける祐樹に、緑子は何も答えられなかった。借金がバレた焦燥感と、もう誤魔化す必要がないという安堵が、心の中でぶつかり合っている。

「悪いけど中、見ちゃった。本当に80万も借りたのか、緑子」

緑子は黙ってうなずいたが、金額がそんなにも膨れ上がっていることは知らなかった。祐樹はため息をついて背もたれに体重を預けた。彼の眉間には深い皺が刻まれている。

「なんで、こんなことに……」

誰にともなく呟く祐樹。怒るでもなく、責めるでもないその声音に、緑子はようやく重い口を開く。

「ごめんなさい……最初は本当に、ただの気晴らしだったの。真理に誘われて、いきなり万馬券が当たった時、信じられないくらい興奮して……祐樹ともまともに会話ができて嬉しくて、久しぶりに生きてるって感じた」

その場に立ち尽くしたまま語る緑子の話を、祐樹は黙って聞いていた。

「それから、やめられなくなった。外れが続いても、次こそは、って思ってしまって。気づいたら、貯金も使ってた。それでも足りなくて……」

いつの間にか涙が頬を伝っていた。言葉にするほどに、悔しくて、情けなくて仕方がない。

枯れ果てたはずの感情があとからあとから噴き出してくる。

「祐樹……私ね、流産してから、自分が空っぽになってしまったみたいだったの。何をしても、心に入ってこなかった。でも競馬で当たったときだけは、満たされるような気がした。要は現実逃避だよね」

祐樹はゆっくりと緑子の方へ体を向け、しばらく考えるように目を伏せた。

「俺も……逃げてたんだと思う。子どものことはショックだったけど、やっぱり緑子と俺じゃ、辛さが違うだろうし。だから、緑子にどう接していいか分からなくて。がむしゃらに仕事してると、早く時間が過ぎて楽になる気がした。そんなわけ、ないのにな」

そろりそろりと紡がれる言葉に、緑子は初めて気づかされた。祐樹もまた、あの痛みから逃れられずにいたのだと。

「本当にごめんなさい……。私、自分のことしか考えてなかった」

頭を下げる緑子の背に、立ち上がった祐樹がそっと手を置いた。

「俺もそうだよ。これからのことは一緒に考えよう」

緑子は背中から伝わる温もりを感じながら、何度も小さく頷いた。