母の恋の顛末

それから一美は富子に気持ちを確かめるために話を聞こうとしていた。

しかし本心を聞いてしまうと、離婚が現実のものとなる気がした。

そう思うとこのままなし崩しに現状維持のほうが良いのではないかと目を逸らし、グズグズと2日が過ぎてしまった。

例の男と母はこのまま不倫関係のまま、辰雄と添い遂げるなんて未来がないのかと思ってしまう。

しかし富子はそれを良しとはしなかった。それだけあの男を愛しているのだ。だからわざわざ離婚を切り出した。覚悟はあるのだ。ならばこのまま済むわけない。いつかは離婚を迎えることになる。ならば何事も早いほうがいいだろう。

一美は意を決して3日目の夜、リビングで富子に話を聞いた。

「ねえ、離婚の件だけどさ、もしかして他に好きな人ができた?」

すると富子は目を丸くする。そして苦笑いを浮かべた。

「……さすが女同士ね。分かっちゃうんだ」

「……やっぱりね」

富子ははにかみながら話す。

「あの人がパチンコに嵌まってたのは知ってたから少し前にふらっと入ってみたのよ。どんなもんかと思ってね。でもルールも何も分からなくて。そんなときにたまたま隣だった隆人さんが親切に教えてくれてね。それで仲良くなってさ……」

あの男は隆人と言うらしい。一美は真面目な顔で富子を見つめる。

「……お母さんがそれだけ本気なら私は応援するよ。離婚も止めたりしない」

一美がそう言うと富子は笑いながら俯く。

「ああ、大丈夫よ。もうその話もなくなったから」

「……え?」

富子は照れくさそうに頬をかいた。

「離婚するって隆人さんに話したの。そしたらもう見てらんないくらい狼狽しちゃって。考え直せとか君のために言ってるんだとかウダウダ言い出してさ」
富子の言葉を聞き、一美は驚く。

「……何それ」

「何か向こうが離婚する気はないって言ってて。結局本気じゃなかったみたいなのよ」

よく聞く不倫のあるあるみたいな話だが、80を越えてる男女がやっているとは珍しいなと思った。

「……じゃ、じゃあ離婚はないの?」

「うん。もう二度とパチンコ屋にも行かないわ。あんなナンパ男の顔も見たくないからさ」

それを聞き、一美は大きく息を吐いた。

安堵と呆れの両方が混じっていた。

「なによそれ……⁉ もう、本当に離婚なのかと思ったじゃない……!」

富子は嬉しそうに笑った。

「でもなんだか学生時代のときを思い出して嬉しかったわ。今でも私ってこんなに人を好きになれるんだって思ったの。そういう意味では良い思いをさせてもらったわ」

そう言って頬を緩める。

「振り回されるこっちの身にもなってよ」

一美はそう毒づくが富子は気にした様子はなかった。辰雄が寝ている部屋を見やる。とはいえ、1番振り回されたのは辰雄だ。ただ同情する気持ちは全く無かった。今回の件で痛い目を見たと思ったら今後はもう少し富子を大事にしなさいよと心でメッセージを送った。