母が向かった先にいた驚きの人物
翌日も朝食を食べた後、富子はいそいそと出かける準備をし出す。
「また買い物?」
「うん、ちょっとね」
それだけ告げると富子はさっさと家を出ていってしまった。
明らかに変だと一美は勘付く。
富子の化粧が厚くなっている気がした。口紅もあまり富子がつけてこなかったタイプの色を使用している。
富子は今年、78になる。もちろんいつまで経っても綺麗でありたいという気持ちは素晴らしいのだが、元来富子はあまり化粧っ気のないタイプだった。そんな富子が化粧をして出ていくということはきっと何かがある。
一美は急いで辰雄に車を貸してくれと鍵をもらう。辰雄は1年前に免許を返納していて、車も処分すると言っていたがまだそのままになっていた。
動くかどうか不安だったが、エンジンは問題なく動いてくれてすぐに後を追った。気付かれないように車間距離を取って一美は富子の車の背後につける。車は街中を走り、そしてとある大きな施設に入っていった。
パチンコ屋だった。
一美は衝撃を受けた。私たちを苦しめたパチンコ屋に富子が出入りしているのが信じられなかった。
車を停めた富子は当たり前のようにパチンコ屋に入っていく。一美は驚きを振り切って、後をつけた。
富子は台の前に座る。しかし打ち出す前に隣に座っている男に声をかけていた。知り合いかと思って一美は斜め後ろの台に座り様子をうかがう。どうやら2人はかなり親しいようで、男のほうも富子に笑いかけていた。
男は歳はいってるが、その割に端整な顔立ちをしている。
店内の大音量のせいか富子が声をかける度に2人は顔を寄せ合う。その様子を見て一美は愕然とした。
離婚の原因にようやく合点がいった。
富子は恋をしていたのだ。別の男と一緒になろうとしていたのだ。
楽しそうにパチンコを打つ2人を見て一美は怒りを覚えたが、富子の幸せそうな笑顔を見て複雑な気持ちになった。そしてそのままそっとパチンコ屋を出た。
すぐに車を走らせたが気持ちが落ち着かず、危険だと判断しスーパーの駐車場に停めた。
そこでゆっくりと思考を巡らせる。化粧が厚くなっていたと思っていたのは好きな男ができたからだった。ずっと辰雄と一緒で、久しぶりの恋だったのだろう。だからあんな嬉しそうに顔をしていたのだ。
一美は自分の気持ちを整理する。娘としては両親に添い遂げてもらいたいと思っている。しかし同じ女性として80歳近くの最後の恋をしたのなら応援したいとも思っていた。