浪費癖は少しはなりを潜め
あの虫騒動から数週間。義母はまるで別人のように落ち着いていた。いや、さすがに質素倹約とまでは言わないが、少なくとも通販サイトから段ボールタワーが毎日届くような狂気の祭典は幕を閉じた。
「ねえ遥香さん、このマッサージ機……どう思う?」
夕食後に3人そろってリビングでテレビを見ていると、スマホ画面を見せながら義母が慎重な口調で言う。
「脚のむくみにいいって書いてあるのよ。口コミも★4.7!」
「……置き場所、あります?」
「うっ……それは……ないわね」
「……また虫が湧きますよ?」
「ひぃっ!! やめてぇぇ!」
この「虫カード」が、とにかくよく効く。よほどびっくりしたのだろう。あの日の惨劇が、義母にとって相当トラウマになったらしく、それ以来「虫」の一言を聞くだけでピシッと背筋が伸びる。
あの騒動のあと、遥香が冷静に物の持ちすぎによる衛生リスクを説明すると、義母はしょんぼりしながらも最後まで話を聞いてくれた。それからは「ひとつ買ったら、ひとつ手放す」ルールを提案し、これが案外うまく回っている。義母の美容家電コレクションは、いまや厳選された3アイテムにまで減った。しかも、ちゃんと使っている。
家族で同じ方向を向いて暮らしていくには、たとえ小さなことでも擦り合わせていく必要がある。
たとえそれが、虫事件のようなイレギュラーなきっかけでも、家庭のバランスが保たれるなら、それでいい。
「お義母さん? それ、買うつもりですか?」
「えっ、いや、買わないわよ。見てただけだから」
遙香が後ろからのぞき込むと、義母が通販サイトの画面を慌てて閉じた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。