「やっぱり、ちゃんと家族で話してから決めたいんです」
遺言書の作成相談に訪れた寿子さん(仮名・78歳)は、そう言って一度事務所を後にした。静かな語り口ではあったが、その目には深い決意がにじんでいた。
「相続で子どもたちに揉めてほしくない」——そう願っての遺言書作成の依頼。その善意が思いがけず家族の溝を深めることになるとは、寿子さんも私もこの時は想像していなかった。
家族会議が分裂のきっかけに
寿子さんは現在、持ち家に一人暮らし。配偶者には先立たれ、子どもは長男・次男・長女がいるが、それぞれ独立して暮らしている。
初回の相談は遺言書作成について軽い説明をした程度で、話は具体的に動かなかった。
「やっぱり、ちゃんと家族で話してから決めたいんです。子どもたちと話をして、遺言内容の詳細を決めてきますね」
私は止めたのだが、彼女は遺言内容について家族と話すと聞かず、具体的な内容は持ち帰りになったのだ。
事が進んだのはそこから数週間後、寿子さんが再び事務所を訪れた時だ。彼女の表情はやや疲れているように見えた。
「話してみたんです、子どもたちに。そしたら……難しいですね、やっぱり」