早めに意識させた方が良い
「そういえば梨香って、今の彼と付き合ってどのくらいだっけ? 2年とか?」
「いやいや、まだそんな経ってないよ。えーっと……たぶん1年ちょいかな」
「そっかあ。でも、そろそろ結婚とか考えるでしょ?」
「うーん、どうだろ? 向こうは、まだ20代だしなあ」
4つ年下の拓人と出会ったのは、去年の春。とあるインディーズロックバンドのライブに行ったときだった。
いつも1人で通っていた小さなライブハウスで、終演後に話しかけてきたのが拓人だった。長めの前髪からのぞくベビーフェイス。細身の体形。梨香の好みど真ん中の、いかにもバンドマンっぽい雰囲気。実際、高校を出てから25歳までプロを目指してバンド活動をしていたという。
「今はライブイベントとかの運営やってるんですよ。やっぱ音楽には関わっていたくて」
「そうなんだ。じゃあ今日のライブも?」
「あ、いや今日はプライベートで。一応、友達のバンドなんですよ。あいつら、めっちゃ格好いいでしょ?」
そう言って明るく笑う拓人は、その日ステージに立っていた、どのメンバーよりも輝いて見えた。夢破れた悲壮感など、まるで感じさせない。前向きでエネルギッシュな彼に、梨香は強烈に惹かれたのだ。
それから連絡を取り合うようになって、付き合うのに時間はかからなかった。年齢のことで多少引け目を感じていた梨香だったが、いつも一生懸命で素直な彼の魅力に触れるうち、次第に気にならなくなっていった。
交際して半年足らずで同棲を決めたのも、「彼となら大丈夫」と思えたからだ。生活リズムの違いや家事の分担についてなど、いくつか懸念材料はあったものの、拓人は十分よくやってくれていると思う。料理は、その最たる例だ。仕事から帰った夜、拓人が夕食を作って待っていてくれていると、それだけで1日の疲れが吹き飛ぶ。
「だとしても、早めに意識させた方がいいよ」
「え? 何が?」
はっと我に返って顔を上げると、同期の呆れ顔が目に入った。
「だから結婚だよ、結婚。ちゃんと期限決めとかないと、ずるずる同棲だけ続けることになるよ。今度話してみたら? 彼氏くん家庭的っぽいし、案外結婚願望強いかもよ」
「まあ、そのうちね……」
彼女の言い分もわかるが、拓人を急かすような真似はしたくない。今のままでも自分たちは十分幸せなのだから。
梨香は愛想笑いを浮かべながら、甘いそぼろ丼を頬張った。