禁煙を始めたものの
禁煙は思いのほか順調だった。
同僚たちには驚かれたが、吸える場所がごく一部に限られているおかげで煙草を意識から締め出して生活を送ることはそこまで難しくない。
しかし誘惑がないわけではない。
「それじゃあ、お前らもさっさと片付けて合流しろよ」
部長の声に部署のみんなが返事をする。隆宏も返事をしたあと、30分ほどで資料をまとめ切り、タイミングが重なった同僚たちと一緒にチャットで共有されていた居酒屋へと向かった。
今日は、新年度の決起会を兼ねた新入社員の歓迎会だった。
部署のトップである部長が喫煙者なこともあり、予約してあるいつもの店は当然喫煙可能店だ。そうなると煙草の匂いという誘惑、そして何よりも目の前で美味しそうに吸われることの誘惑に襲われることになる。
言わずもがな、酒と煙草の相性は抜群だ。なんとか堪え、煙草の代わりに酒やポテトを口のなかに押し込んでいたのだが、そんな隆宏の前に煙草が1本差し出された。
「なんだ? 吸いたいのか?」
「あ、いえ、そんなことは……」
「大丈夫だよ。1本くらいなら嫁さんだって気付かないって」
隆宏は目の前に出された煙草に釘付けになった。確かにバレるわけがない。そもそも禁煙は隆宏が自主的に始めたことで、千秋には何も言ってないし、約束もしていない。勝手に始めたことだから勝手にやめたって何の問題もない。
隆宏は目の前に差し出された煙草をじっと見つめた。
●さすがにこれで禁煙断念とはならなかったものの、そう遠くない未来、誘惑に負けてしまうことを危惧した隆宏は、ついに禁煙外来通いを決断する。果たして隆宏は煙草をやめられるのか……。後編:【1日ひと箱吸っていた愛煙家が妻の一言で3ヶ月の禁煙に成功 そして気づいた「禁煙以上に大切なこと」】にて詳細をお届けする。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。