窓を開けてベランダに出る。3月とは言えど夜はまだ少し肌寒く、半袖の肌着1枚で出てきたことを、隆宏は少し後悔する。くわえた煙草に火を点けて煙を深く吸い込む。1日のなかで数少ない、憩いの時間だ。
短くなった煙草を携帯灰皿でもみ消し、家のなかに戻る。リビングのソファでテレビを見ていた妻の千秋が露骨に嫌な顔をした。
「分かってるよ」
ため息を吐くように言って、隆宏は消臭スプレーを手に取って自分の身体に振りかける。念のため自分の身体のにおいを嗅いではみるが、あそこまであからさまに眉をひそめられなければならない理由は分からない。
付き合っていたころは、ここまでの嫌悪感を示されるようなこともなかったように思う。身体に悪いよとは言われていたが、千秋の前でも平気で煙草を吸っていた。それが結婚した途端にこのありさまだ。これではまるで後出しじゃんけんだ。結婚前までは換気扇の下で煙草を吸っていた隆宏はいつの間にかベランダへ追いやられ、それすらも肩身の狭い思いをしながらになっている。
もちろん、そんなに不満があるならいっそのこと禁煙してしまえばと思わなくもない。だが16歳のときから吸っている煙草を今さら止められるとも思えなかったし、何より煙草を吸う時間は隆宏にとって大切な気分転換の時間でもあった。