舞岡瑠美は焦っていた。
33歳で都内の商社に勤務し、十分なキャリアを積んでいる。職場では一応、仕事のできる頼れる先輩として慕われていた。しかしプライベートでは後輩や周りの友達の結婚が次々と決まり、どんどん先を越されていった。次こそは自分がご祝儀を受け取る番でなくてはならないと焦りを募らせた瑠美は、いくつものマッチングアプリに登録していた。
ある日、マッチした男性とディナーデートの約束をした。プロフィール写真の印象通り、韓国俳優のような洗練されたルックスの彼は、清潔感があり、スーツ姿がよく似合っていた。
名前は和也、30歳。年下だが瑠美の知らない話題、例えばワインやジャズに精通していて、でも気取らない感じに好感を持った。この段階で70~80点。それが瑠美の評点だった。
ディナーの場所は都内の高級フレンチレストラン。柔らかな照明に包まれた店内は雰囲気も抜群で、瑠美の期待感はさらに高まった。料理はどれも美味しく、特に和也が選んでくれたワインが絶品だった。
「ライチの香りがする甘口のワインだから、瑠美さんにも飲みやすいと思うよ」
蘊蓄の量が多いと辟易してしまうところだが、ウザくない程度でなおかつ的確なのも悪くない。+10点。これで90点くらいかな、と瑠美は心の中で呟いた。なかなかの高得点だった。コースを通して、すべて滞りなくスマートだったこともあり、瑠美は次の約束にどうこぎつけようかと考えていた。
しかし、会計のときが訪れると、その夢見心地の時間は一変した。店員が伝票をテーブルに置くと、和也はスマホをおもむろに取り出した。会計もスマートなのね、と瑠美が感心していると、予想外に和也は冷静に切り出した。
「合計が32,450円だから、15,000円もらってもいい?」
瑠美は思わず言葉を失った。まさか当然のように割り勘を求められるとは。さっきまで順調に伸びていた点数が、ここに来て一気に減点されたような気がした。
瑠美はこんなところで変に揉めるのも面倒だと思い、表情を崩さないよう努めながら財布を取り出した。しかし、内心は複雑だった。
-50点。瑠美は「わかりました」と、15,000円をテーブルに置いた。うまく感情を隠していたつもりだったが、それでも和也は何か感づいたようだった。
「いや、これでも結構、安めのワイン選んだほうだと思うけど」
店を出た後、和也は何事もなかったかのように笑顔で話し続けていたが、瑠美はもう、何を聞いても耳に入らなかった。別れ際、和也が「また会おうよ」と笑顔で言ったときも、瑠美は愛想笑いを浮かべるのが精一杯だった。
帰りの電車で、瑠美はスマホを取り出し、和也の連絡先をブロックした。割り勘もそうだったが、「安めのワインを選んだ」という非難めいた弁明も、自分を低く見積もられたようで不愉快だった。不合格。時間を無駄にした。窓に映る口紅の取れかけた自分の姿が空しかった。