驚く夫

「え……? どういうこと?」

いつも通り19時前に帰ってきた昌志は目を丸くした。テーブルには、ロールキャベツや生地から手作りしたラザニアなど、手の込んだ料理が並んでいる。

「おかえり。もうすぐ準備ができるから手洗ってきちゃって」

真央は得意げな笑顔を浮かべて昌志に声をかける。しかし昌志は固まって動こうとせず、眉尻を下げた弱々しい視線を真央に向けた。

「真央、ごめん……」

「え? 何を謝ってるの?」

「今日って何かの記念日だったっけ? ごめん、忘れちゃった……」

申し訳なさそうに話す昌志を見て、真央は思わず吹き出した。

「あ、ごめんごめん、そういうことじゃなくて。記念日とかそういうのじゃないから」

「え、じゃあなんでこんな豪華な料理を作ってるの?」

「ほら、今日ってバレンタインデーでしょ? たまには、と思って、作ってみたの」
真央が軽い調子で説明すると、昌志はまた眉尻を下げて困ったような顔になった。

「バレンタインデー? ああ、今日か」

「もしかして今日がバレンタインデーだって忘れてた?」

「だって、今までこんな感じでやったことなかったし……」

見たところ、今年の昌志は紙袋を下げてはいなかった。今思い出したということは、きっと会社でも特にチョコレートをもらったりはしなかったのだろう。

「なんだ。私、考えすぎだったみたい」

「……え? 何が?」

「いや、それがね……」

真央は昨年のバレンタインデーの話を正直に打ち明けた。話を聞いた昌志は声を出して笑った。

「ああ、あのことね。そんなに気にしてたとは思わなかったよ」

「だって、昌志が嬉しそうにしてたんだもん」

「ごめんごめん。でも、そんな嫉妬する感じが真央にあるとはね」

「何? 子供みたいだと思ってる?」

「いいや、かわいいとこあるなーと思ってさ」

昌志はそう言って歯を見せて笑ったが、少しからかわれているようで真央は昌志を睨みつけた。

「それに、去年のあれは本当に周りのみんなが入ったばっかの俺を気を遣ってくれただけだよ」

「ふーん、そうなんだ……」

昨年言われても信じなかったとは思うが、今年チョコをもらってないところを見ると本当にそうなのだろう。