ワガママだとわかってはいるが……

谷本は痛いところを突いてきた。20代や30代の頃は仕事に邁進している振りをして結婚から目を背けていた。

それでも50歳という人生の折り返し地点が見えて来たときに、このまま一生を1人で終えるのかと思うと空しい気持ちになった。

それなのにまだ自分は結婚相手を選り好みしている。

つくづくワガママだと自己嫌悪になる。

「笠原さんの事情は理解しました。でも僕は会社勤めをしています。今の会社が潰れたとしても俺が借金を背負うようなことにはなりません。それに僕がもし借金を作ったとしても、笠原さんに迷惑をかけるようなことはしません。それでも僕との結婚は考えられませんか……?」

美弥子は黙って考えた。

谷本は誠実な人だと思う。バツイチで養育費を払っていることは隠すことだってできたはずだ。きっと正々堂々とお付き合いをした上で結婚をしたいと思っているからだろう。

谷本とならもしかしたら、幸せな家庭を築けるのかもしれない。

美弥子は本気でそう思った。

しかし美弥子は首を横に振る。

「ごめんなさい。やっぱり私は幸せになるにはお金は不可欠だと思う。私たちはもう40半ばです。働ける時間もあまり残ってないし、老後はもっとお金がかかります。だからこそ、これは譲れない条件なんです。ばくちを打つみたいな結婚はしたくないんです」

美弥子の固い意思を改めて知り、谷本は目を閉じて頷いた。

そのまま美弥子たちは別れて帰路についた。帰る途中で美弥子は谷本の連絡先を消去した。

年が明けても、美弥子は結婚相談所に通っている。

目の前では家族連れが楽しそうに会話をしながら歩いている。うらやましいなと美弥子は心から思う。

幸せな結婚生活を、家庭を築くためにお金は必要不可欠だ。資産を失い、狂ったようにいがみあった両親を知っているからそう思う。

もちろんお金だけではないことも知っている。だが、お金よりも大事なものがあるなんて、安易に順位をつけるのは都合のいい美辞麗句だ。

実際、愛では飯は食えない。

だから美弥子は決して条件を下げるつもりはない。

いつか出会う理想の相手を心待ちにして、雑居ビルの2階へ階段を上がる。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。