一変した裕福な生活
「私はそれなりに裕福な家庭で生まれました。大きかったわけではありませんが、父が貿易会社をやっていて、小学校から地元のお嬢様学校と呼ばれるようなところに通っていました。いわゆる令嬢ってやつですね」
「そうだったんですね」
「両親はとても仲良くて、私は何不自由なく生活をしていました。特にお金に関しては苦労したことがありません。エスカレーターで高校まで行って、大学に入るときに東京へ出てきました。月の仕送りだけで十分に遊んで暮らせるだけの額をもらっていたので、当時はアルバイトをしようと思ったことすらありませんでした」
谷本はこちらを見ながらうなずいている。
「でも大学卒業前に父の会社が倒産しました。学費はその前に納めていたので問題はなかったのですが、それまでのように仕送りはもらえなくなり、1人暮らしが大変になりました。アルバイトを初めて、もっと小さなアパートに引っ越して、外食を辞めて自炊するようになったのもそのころからですね」
美弥子はどんよりと曇った空を見上げて大きく息を吐き出した。確か父の会社が倒産したと、母から連絡があったのも今日のような寒い日だったような気がする。
「……ま、1人暮らしに関しては完全に仕送り頼りで甘えていた私が悪かったので別にいいんです。アルバイトをしながら何とか生活もできてましたし、大学も卒業できましたから。でも悪影響が出たのは両親でした」
美弥子は軽く鼻をすすった。あまり思い出したくない記憶だ。
「借金の返済のために母も仕事をしなくてはならなくなったんです。そのストレスもあったんでしょうね、毎日のように父の愚痴を電話で聞かされるようになり、実家に帰れば2人が罵り合いをするので、私が仲裁をしなくてはなりませんでした。あんなに仲の良かった両親なのに、貧乏になるだけでこんなにもいがみ合うことになるのかと驚きましたよ」
美弥子の話を聞き、谷本は気まずそうに視線を落とした。
「それは大変でしたね……」
「それから間もなく両親は離婚して、母は家を出ていきました。それ以来私は実家にも立ち寄らなくなり、母とも顔を合せることはなくなりました」
谷本は目を見開く。
「……あなたは別にどちらとも喧嘩したわけじゃないんですよね?」
「ですね。でも間に挟まれて、正直うんざりしていました。だから離婚すると聞かされたときはようやく肩の荷が下りたくらいに思いましたよ。だからでしょうね、私はずっと結婚することに臆病になっていたんです」
「……それでも結婚をしたいと思ったわけですよね?」