父さんだってそんなに先も長くないだろうし
とはいえ、父と家のなかで同じ空気を吸っている事実すら耐えられなかった。明里はどうせ夕食の準備などしない康之を借りだして、車を走らせ、母の墓がある霊園に向かうことにした。
事務所にあいさつして、仏花を買い、水をくみ、涼やかな秋風が吹く霊園を歩く。あちこちから立ち込めるせいで出所の分からない線香の香りに、懐かしさを感じる。
「懐かしいな」
「そうだね」
「よく2人で来たよな。明里が高校生のときだから、もう15年くらい前か」
兄の言う通り、地元にいたころは毎月欠かさず通っていたが、地元を出ると同時に墓参りの足も遠のいた。この地元で明里の唯一の居場所だった母の元から離れ、東京へと逃げた自分のことを母は薄情だと思うだろうか。思うかもしれない。そう思った。
訪れるのは数年ぶりだったが、迷うことはなかった。母の墓までたどり着いた明里は、墓の前で固まった。
夕焼けを受けて、墓は艶やかに光っていた。生けられた花は元気に空を向いていて、敷地には雑草の1つすら生えていない。丁寧に手入れをされていることは一目瞭然だった。
「よく来てるの?」
「いや、全然。子どもが生まれてからはあんまりかな。お盆と命日くらい」
「じゃあ……」
と言いかけて、明里は口をつぐんだ。康之でないならば、墓参りに訪れるのは1人しかいなかったが、それを認めることはできなかった。
「父さんだよ。あの人、月命日にはかならず来るんだ。もう15年もたつのにだぜ?」
風が吹いた。しかし康之が告げた事実は風に巻かれることなく、2人のあいだにとどまり続けていた。
「……だから許したの? こんなの、ただの罪滅ぼしでしょ」
明里は棘のような言葉を吐き出す。死んだあとに優しくなれるなら、どうして死ぬ前に優しくしてやらなかったのだと、怒りがこみ上げた。
「そうかもな。でも、あの日さ、父さん、帰ってこようとしてたんだぜ。俺も後から聞いたんだけど」
康之の声が、静かで穏やかな霊園にぽつぽつと響く。水面に落ちたしずくが波紋を生むように、明里の心が不愉快に波打った。
「反省してるし、後悔してる。だからまあ、話くらい聞いてやってもいいんじゃない? もう俺たちも大人だし、父さんだってそんなに先も長くないだろうし」
明里は花筒から、真新しい仏花を引き抜いた。そのまま捨ててやろうかと握りしめ、だがどうしてか捨てることができなくて、けっきょく自分が持ってきた仏花と一緒にして花筒へと戻した。
夕日の赤に染まる遠くの空で、カラスが寂しげに鳴いているのが聞こえた。