<前編のあらすじ>

一人暮らしをしている明里(32歳)の家には、実家から米が届く。定年した父が田んぼを借りて米作りを始め、毎年米を送ってくるのだ。

米不足で困っていたので正直ありがたいが、罪滅ぼしのようにも見えて明里は複雑な思いを抱いていた。仕事一筋だった父は、明里が高校生のころ、病気で亡くなった母をみとることができず、明里は今でも根に持っていて、父が許せなかった。

そんな折、父がぎっくり腰になったと兄から連絡が入る。明里は兄に説得され、久しぶりに実家に帰ることになるが……。

●前編:「母は結婚相手を間違えた」過去のあやまちで一人娘と疎遠になった父親が「毎年娘に送るもの」

再会した父

康之から電話があった週末、明里は5年ぶりに地元の駅に降り立った。だだっ広い駐車場に向かうと見慣れた車の前に康之が立っていて、こちらに手を振っていた。

「久しぶり」

明里は油断すればにじみ出てしまいそうな嫌悪感を抑えつけながら声をかけた。しばらく見ない間に康之は老けたような気がするが、無駄にはつらつとしている笑顔だけは、一緒に父を憎んでいたときから変わらない。

「おう、疲れただろ。ほら、乗れよ」

そう言われるがまま、明里は助手席に座った。10分ほど車を走らせると、クリーム色の二世帯住宅が見えてくる。柔らかで優しげなたたずまいは、まるで自分たちは幸せだと主張しているようで、明里はへどが出そうになる。

玄関を開けると、義姉の千里が出迎えに来てくれた。千里のおなかは膨れていて、明里にとっては2人目のおいかめいが宿っている。

「明里ちゃん、久しぶり~」

「お久しぶりです。お義姉(ねえ)さん」

「だから、そんなかしこまって呼ばなくていいって。昔みたいに千里ちゃんでいいから」

兄の高校の同級生である千里とは、明里もよく遊んでもらっていた。母が死んでからは、ふさぎ込んでいる明里にも寄り添ってくれた。

しかし今となっては共犯者だ。あの男が、父が、母に何をして、何をしなかったのか、千里もまた知っているはずなのだから。

「お義父(とう)さん、居間でくつろいでるから、行ってあいさつしてあげて」

千里が声を弾ませるが、明里はそんな気分にはとてもなれず、玄関から引き返して庭に出る。ポケットから取り出したタバコに火をつけて、深く息を吸い込む。まだ冬と呼ぶには穏やかな空気だが、空は心地よく透き通っている。吐き出した煙が、頭上に広がる青空を白く濁らせた。

「おお、来てたのか」

背後の窓が開く音と一緒に、しゃがれた声がした。振り返ると腰にベージュのサポーターを巻きつけた父が立っていた。父はサンダルをつっかけ、庭へと出てきて、タバコに火をつける。

「腰、どうなの……?」

黙ったまま並んでいるのもなんとなく気まずくて、明里は父に訊ねた。

「あんまりよくはねえんだろうなぁ。米作りも止められてるし。今回が初めてじゃねえんだよ。もう癖になってんだろうな」

「そう」

明里は相づちを打ち、逃げるように庭を出て、玄関から家のなかに入った。