スマホが震えた。休日、夕方のニュースを見ていた明里が画面を見ると、5歳年上の兄・康之の名前が表示されていた。

明里はスマホを耳に当てる。あまり気は乗らなかった。

「……もしもし、何?」

「おお、米なんだけど、届いた?」

明里は思い出したようにキッチンへと目を向ける。キッチンには午前中に届いた5キロ分の米袋が段ボールから出されたまま置いてある。あとで米櫃(こめびつ)に入れようと思っていて、すっかり忘れていた。

「うん、届いたよ」

「今年は自信作だって、父さんが言ってたぞ」

「ふーん」

毎年、10月ぐらいになると父の泰司から康之を経由して、お手製の米が送られてくる。今年70歳になる父はプロフェッショナルな農家というわけではなく、定年後に気まぐれで田んぼを借りて米作りを始めたにすぎない。しかし今年はとくに、米不足で少し前まではスーパーからこぞって米がなくなっていたので、ありがたいと言えばありがたかい。米がないならパンや麺を食べればいいのだが、それでもやはり日本人だからか、米を食べなくては満足できない瞬間というのがたまにある。

しかし明里からしてみれば、こんなものは薄ら寒い罪滅ぼしにしか感じられなかった。たとえば、昔、米が税金として納められていたように、父もまた自らの過去の行いを悔い改め、こうして自分に米を送ってきているのだと。

「年なのにさ、毎日畑に出て、ちゃんと雑草を取ったりして、精魂込めて作ったお米だから、そりゃあおいしいよな」

楽しそうに話す康之の声は、明里の胸の内側に粗いやすりをかけたようなざらつきを生む。昔は同じ感情を――父へ嫌悪と憎しみを抱いているのだと思っていた。しかし、康之は結婚して父と一緒に住むようになってから、いつの間にか過去のわだかまりなんてなかったように、父と接するようになっていた。

「東京は、まだスーパーとかに米並んでないんだろう? 助かるよな。父さんの米作りがこんなかたちで役立つなんてな」

「……まあ、そうだね」

米不足のピークは8~9月で、もうだいぶ陳列棚のにぎわいは戻りつつある。だが、早く電話を終えたかったので、わざわざ康之の認識を正そうとは思わなかった。

「それじゃあ、忙しいから、また――」

「いや忙しいって、今日日曜だぞ? まだこっちの話、終わってないって。今年の年末はどうするつもり? 実家には帰ってこられそうか?」

「いや、どうだろうね。こっちも仕事がいろいろと忙しいからさ、12月くらいにならないとどうなるか分からないや」

明里はため息を吐く代わりに、てきとうなうそを吐く。明里の勤め先はその業界では大手にあたる会社で、福利厚生もしっかりしている。明里の今の部署はほとんど残業もないし、有給だってむしろ会社から取ってくれと頼まれるくらいだ。もちろん、年末年始の長期休暇だってしっかり取れる。

「そうかぁ。昔は年末年始の休みがあったのに、大変だなぁ」

「まあね。じゃあほんとに忙しいから、切るね」

明里は電話を切った。テレビの天気予報が告げる通り、部屋のなかも少し肌寒い気がした。