取り返しのつかない言葉

温め直したハンバーグを部屋着に着替えた孝の前に置く。孝は何も言わず、黙々と食事をしていた。

「ねえ、最近は楽しい? バイトばっかりで大変じゃないの?」

「……別に普通だよ。もう慣れたし」

「バイトはピザ屋だっけ。今度、うちでもピザ作ってよ。お母さん、食べてみたいから」

「俺、配達専門だから」

孝の返事はとにかくつれなかった。いろいろと話をしたいだけなのに、孝は全く乗ってきてくれない。

里奈は洋祐がまだ生きていたときのことを思い出す。孝は洋祐と仲が良かった。親子のときもあれば、友達のように楽しそうに話していることもあった。きっと今も洋祐が生きていれば、孝の心情を察して、悩みや困っていることに手を差し伸べたりしたのだろう。だが、里奈にはそれができなかった。

見た目はどんどん洋祐に似ていくが、内面は全く違う。里奈には孝が何を考えているのか全く分からなかった。

「ねえ、バイトも大事だとは思うんだけどさ、授業はどうなの? ちゃんと出てるの?」

沈黙がつらくて言葉を継いだ。しかしどこか説教っぽくなってしまう。

「出てるって。同じことを何回も聞いてこないでよ」

「来年からは就活も始まるんでしょ? ちゃんと将来のこと、考えてるの?」

こんなことを言いたいわけではなかった。そんな里奈の心情を見透かしているように、孝は何も返事をせず食事を続けた。

「黙ってないで、答えてよ」

チャットを無視されたいら立ちもあった。里奈の口調は思わず鋭くなってしまった。すると孝は乱暴に箸を机に置いた。黙って部屋を出ようとするのを里奈は呼び止める。

「ちょっと、待ちなさいよ。お母さんに将来のことをちゃんと話しなさいよ。お母さんには聞く権利があるでしょ!」

「ちゃんと考えてるよ。母さんには関係ないだろ」

孝は立ち止まって面倒くさそうに吐き捨てる。

「私が、どれだけあなたのためにお金を使っているか、考えてくれたことある⁉」

里奈は言い終えた瞬間に、しまった、と思った。お金のことだけは孝に心配させないと決めていたはずだった。

「そんなに嫌なら、止めていいよ。これからは俺がバイトして、自分の金で通うから」

そう言い残し、勢いよく扉を閉めてリビングから出ていった。

里奈は頭を抱えた。親として最低なことを言ってしまったと後悔するが、遅かった。机に突っ伏した里奈の目に、棚の上に飾ってある家族3人で撮った写真が映る。今の状態は当然の罰なのかもしれない、と里奈は思った。

洋祐が生きていたころは幸せだった。3人でいろいろなところに遊びに行った。しかし1人になってからは、孝を育てるために懸命に働いてきただけだった。いつも家を空け、父親を失って寂しい思いをしている孝に寄り添った記憶すらない。仕事は言い訳だった。里奈だって、洋祐を失ったことがつらかった。立ち止まれば悲しみに足を取られてしまうと思った。

思えば、そのときからずっと、孝との距離は開いていたのかもしれない。