出会いは婚活イベント

アラフォーになり結婚に焦っていた春菜が孝輔と出会ったのは、1年前の婚活イベントだ。東大卒のエリートで、現在は自分で会社を経営している彼は、顔立ちもスタイルも洗練されていて完璧。知的で自信に満ちたその姿に、春菜はあっという間に心を奪われた。加えて孝輔は人当たりがよく穏やかで、春菜の両親にも常に礼儀正しく、にこやかに接してくれた。そのかいあって両親も孝輔に好印象を持ち、春菜たちは大勢に祝福されて夫婦になることができた。

ところが、結婚して一緒に暮らし始めてすぐに彼の「完璧主義」の本性が現れた。最初は、ほんのささいなことだった。「料理の味が薄すぎる」「掃除の仕方が甘い」といった指摘だ。

「春菜には僕の自慢の妻でいてほしいんだ」

笑顔で言われるたびに、春菜は自分が未熟であることを恥じた。そして、彼に認めてもらおうと必死に努力した。孝輔の指摘をまとめたメモは、その典型だろう。

しかし、孝輔の「助言」は次第に「指導」へと変わり、要求はどんどん厳しくなっていった。家事全般はもちろん、春菜の言葉遣いや姿勢までも口出しするようになった。春菜は徐々にストレスを募らせていったが、実家の田舎はおいそれと頼れるような距離にはなく、孝輔の会社経営ををサポートするため結婚を機に仕事を辞めていたこともあり、どこにも逃げ場がなかった。

「ところで、その人たちとは今後も付き合いを続けるつもり?」

夕食の片付けを終えた春菜がリビングのソファに腰を下ろすと、孝輔は突然スマホから顔を上げて言った。春菜は驚いて思わず孝輔の顔をまじまじと見つめた。

その日、春菜は友人と久しぶりに会っていた。みんなでランチを楽しみ、話に花を咲かせてきたばかりだったのだ。そのことを孝輔に話したのは、楽しい時間を共有したいという思いからだったが、まさか友達付き合いに口出しされるとは思っていなかった。

「え、もちろん彼女たちは友達だから……どうしてそんなこと聞くの?」

恐る恐る尋ねると、孝輔はさも当然と言いたげな声で続けた。

「だって春菜の友達、どう考えてもレベルが低すぎるんだよ」

「レ、レベルって……?」

春菜は戸惑いながら孝輔の真意を探ろうとしたが、彼の表情は変わらなかった。

「さっき話してただろう? 確か、1人はいまだに飲食店でアルバイトをしてるとか、もう1人は高卒のシングルマザーだとか。そんな連中と付き合って、君は何を得られるの? 低レベルな人間と一緒にいると、君の価値も落ちるよ。人は付き合う相手で決まるからね」

孝輔の言葉はナイフのように鋭く、春菜の胸に突き刺さった。彼はいつもこうだ。よく知りもしない春菜の友人たちの仕事や私生活を、あたかも自分より劣っているかのように断じるのだ。そして、そのたびに春菜の世界は狭められていく気がした。

「でも、私たちは昔からの友達だし、それに彼女たちは……」

和食屋でアルバイトをしている友人は、去年脱サラしたばかり。将来自分の店を開くために、今は知り合いの店で修行中だ。もう1人の友人は、夫の浮気が原因で離婚した。家庭の事情で大学には行けなかったそうだが、資格職に就いて立派に子供を育てている。そういう個々の事情を知りもしないで、彼女たちを見下してしまう孝輔が悲しく思えた。春菜は必死に反論を試みたが、孝輔はすでに話を終えたかのようにスマホに視線を戻していた。

「昔の話は関係ないよ。今の君は僕の妻なんだから、もっと品のある人たちと付き合うべきだ。そうでないと、僕も恥をかくことになる」

結局、春菜は何も言い返せなかった。孝輔の言葉には有無を言わせない響きがあったからだ。

彼の言う「恥」とは何だろう?

ただ気の合う友人と過ごすことが、そんなに大きな問題なのだろうか。春菜の心には重たい澱(おり)が積もっていった。

友人たちとの楽しかった時間が、孝輔の冷たい言葉に塗りつぶされてしまったようだった。