できるかどうか、じゃない
「あぁ、お母さん。自分は横山直樹って言います。このあたりの青年団の団長をやらせてもらってて、毎年、夏祭りをやってんですよ。その祭りのメインイベントが昼のみこしと、夜の盆踊りで……って明日香ちゃん、説明しねえで連れてきたの?」
直樹に視線を送られた明日香はぺろりと舌を出す。
「ったく、説明しとけって言ったじゃねえか。すいませんね、長尾さん。こいつ、マジでてきとうなんすよ」
「ごめんて。でも連れてきたんだからいいじゃん」
急に和やかになった空気と、直樹がヤクザではないことが分かって、紀子は腰が抜けたように座り込んだ。
「あーほら、直樹さんがビビらせるからじゃん」
「はぁ? どう考えてもお前のせいだろ?」
「そんなことないよ。長尾ちゃんとうちはズッ友だかんね」
「ったくよぉ。だから、2人とも俺たちを見て変な感じになってたのか。そりゃ、仕方ねえな。すいません、ビビらせるつもりとかは全然なくって、ほんと」
直樹はサングラスを外して、へこへこと頭を下げる。思いのほかつぶらな瞳をしている。きっと見た目が怖いなだけで、悪い人ではないのだろう。
「……でも、いきなりやって大丈夫なんですか? 拓也1人入ったところでお力になるとは思えなくて。ご迷惑には……」
「大丈夫だよ。うちのガキ共がやり方は教えてくれるし、子供みこしってのがあるから、それなら、担げるだろ」
すると、背後から法被姿の子供たちが会館の中に入ってきた。
「あ、賢人、ちょっとこっち来て~」
明日香は集団登校の班も同じの、1年生の自分の息子を呼び寄せる。
同世代の子供たちがいると分かり、改めて拓也は体を硬直させていた。紀子はこんなところに連れてきてしまった軽率さを後悔した。
「どうする? 無理強いはしねえぞ」
直樹に尋ねられ、拓也はTシャツの裾を握りしめる。
「……でき、ますか?」
拓也が前向きな言葉を発したことに明日香は驚く。
「できるかどうかじゃねえ。自分なりに楽しめばいい。それが祭りの基本だ」
直樹の力強い言葉に引っ張られ、拓也は小さくうなずいた。
「よし、それじゃ、あっちで着替えてこい。おい、隆之介! 拓也に法被の着方を教えてあげろ!」
直樹に呼ばれた隆之介という子は、きっと直樹の息子なのだろう。直樹に似て大柄なせいか、拓也よりも年は上に見える。
「よーし、賢人も手伝っておいで」
拓也は子供たちに連れられて行く。そして部屋の奥で拓也は言うことを聞きながら、法被に着替えていた。