幼い姉のしりとり

「ねえ、ママ、トイレ行きたい」

「え……?」

振り返ってみると、後部座席の拓斗は両手で股間を押さえている。

「……うそでしょ? ママ、サービスエリアでトイレは? って聞いたでしょ」

「でも、したくなったのはさっきだから……」

言い訳がましい拓斗の言い方に怒りを覚えた。

「だから、こうなる前に早めに行っておきなさいって意味で言ってたんだけど!」

明里が怒鳴ると、拓斗は怯えたような顔になる。気まずそうに美理もうつむいている。

子供たちの様子を見て、明里は罪悪感を覚えた。

サービスエリアに寄ったのは、もう2時間以上も前のことだ。それからはトイレ休憩の時間など、1つも設けずにただ車を運転していた。道を間違えてコンビニに止めたとき、あそこでトイレをさせれば良かった。しかし余裕を失っていた明里は、全く思いつかなかった。

「……ごめんね。すぐにサービスエリアに寄るから、それまで我慢できる?」

「……うん」

明里は謝罪の言葉を口にするが、拓斗の表情は暗いままだった。

ナビの情報では5キロ先にサービスエリアがあるらしい。渋滞でなければすぐに行ける距離だったが、車は相変わらず徐行を続けている。時間だけがたっていき、拓斗の尿意は限界に近づいている。車内の空気は緊張感で重くよどんでいた。

「拓斗、しりとりしようよ。最初はしりとりのり、からね。『リンゴ』。ほら、次は拓斗」

口を開いたのは美理だった。拓斗は苦悶(くもん)の表情を浮かべていたが、絞りだすように美理に応じる。

「……『ゴリラ』」

「んー、じゃあ『ラクダ』」

「ダ、ダ……『ダイコン』、じゃなくて、『ダイヤモンド』!」

進まない車内でしりとりが続く。しりとりにどれほどの効果があるのかは分からなかったが、気が紛れたらしい拓斗の表情が少しだけ緩むのがバックミラー越しに見えた。