看護士の言葉

それは、穂香を手当してくれた看護師だった。美里はそのとき初めて、その看護師が相当恵まれた体格をしていることに気が付いた。おそらく180㎝以上はあるに違いない。美里は、淳也を見下ろすように仁王立ちしている看護師の背中をとても頼もしく感じた。

「な、なんだよ?」

淳也は、いきなり目の前に現れた大柄の看護師に面食らいながらも、強気な姿勢を崩さなかった。どうやら酒のせいで、かなり気が大きくなっているらしい。

「あなたこそ父親のくせに何やってるんですか?」

「あぁ?」

淳也は驚いた様子で充血した目を見開いたが、看護師は淡々と話を続けた。

「奥さんが娘さんを救護室に運んできたとき、あなたは何やってたんですか? 奥さんが心配しながら娘さんの処置を待っている間、あなたは何やってたんです?」

「し、仕方ないだろ!? 穂香がケガしたなんて知らなかったし。だいたい俺が気付いてたら、穂香にケガなんてさせなかった。なぁ、そうだろ?」

淳也は助けを求めるように視線を送ってきたが、もちろん美里は無視した。この期に及んで、なぜ美里が自分の味方をしてくれると思ったのだろうか。美里は穂香を抱いたまま、看護師が淳也に説教してくれる様子を見守った。

「あなた、相当飲んでますよね。さっき救護室に入ってくるところを見てましたけど、真っすぐ歩けないほど酩酊(めいてい)してるじゃないですか。そんな状態で子供を危険から守れますか?」

「あぁ、できるね。俺、運動神経良いから」

自信満々に答える淳也に美里は頭を抱えたが、看護師は全く意に介さず続けて言った。

「それじゃあ、この床タイルの白い部分……ここから足をはみ出さないように真っすぐ歩けますか?」

「はっ、そんなの余裕だって」

意気揚々と看護師が指示した床の上を歩き始めた淳也だったが、数歩歩いたところでバランスを崩し、派手に転んだ。

「いてぇ……」

顔をゆがめながら救護室の床にへたりこむ淳也を看護師が上から見下ろして言った。

「そんな状態では、子供を守るどころか、あなたのせいで子供を危険にさらしてしまいます。奥さんを責める前に、父親としての自分を見つめ直した方がいいですよ」

看護師が差し出した手に頼らず、淳也は壁にもたれながら自力で立ち上がった。しかしその姿は小さく縮こまっていて、ひどく滑稽に見えた。

美里は、改めて看護師に丁寧にお礼を言うと、すっかり酔いがさめた様子の淳也を連れて救護室を後にした。