俺はこのままでいいのだろうか

丁寧なマニュアルがあったので、管理人の仕事にはすぐに慣れた。もちろん以前のように深夜に帰ることもなくなった。身体の調子も悪くはないし、冴子と一緒に食卓を囲むこともできる。

何ひとつ不自由はない。

だが、どうしようもなく暇だった。

住人とは巡回のときに時折あいさつをする程度で、1日のほとんどを誰ともしゃべることなく過ごす。巡回や清掃がつつがなく終わってしまえば、残りの仕事は日誌にその日の出来事を記載しておくくらいのものだが、そもそも何も起きないので書くことがなかった。

何時間も管理人室でぼーっと過ごし、時折舟をこぎそうになりながら1日をやり過ごしていると、隆は給料泥棒をしているようで申し訳ない気持ちになった。

(俺はこのままでいいのだろうか)

暇な時間は、不安を膨らませる。考えなくてもいいことを考えさせる。

この年で正社員として雇われただけでありがたかったはずなのに、欲深くなっている自分がいる。

悶々(もんもん)とした気持ちを抱えていた隆に、「資格でも取ったらいいじゃない」と言ったのはもちろん冴子で、それは隆にとって天啓のような名案だった。

「権堂さんって方に恩はあるだろうけど、一生そこで働かなくちゃいけないわけじゃないでしょう? もちろん仕事は仕事できちんとやって、ぼーっとしてる時間は勉強に充てたらいいじゃない」

「だけど、それはサボりだろう」

「何言ってんの。今だってぼーっとしてるんだから一緒でしょ。むしろ時間は有効活用しないと」

そういえば、居酒屋をリストラされてからの再就職が難航したのは、自分が何の資格やスキルも持っていないことが原因だった。何か資格があればと思ったことは1度や2度ではなかった。

隆は一念発起し、資格の勉強を始める。いくつか下調べをして選んだのは介護資格だった。

介護は少子高齢化社会において、需要の高い仕事だ。今の管理人とは違って、人とのコミュニケーションもある。何より、自分や冴子が今よりさらに年を取ったとき、学んだ知識を役立てることができるかもしれないというのが大きなモチベーションでもあった。

管理人の仕事は相変わらず時間に余裕があり、勉強ははかどった。8時間の勤務のうち、6時間近くみっちりテキストを読み込めるような日さえあった。