<前編のあらすじ>
隆(50歳)は35歳の時に、勤めていた印刷会社が経営不振に陥り、居酒屋チェーンに転職をした。それから15年の月日がたち、今では店長になっていた。
そんな折、新型コロナウイルスの影響で会社が事業を縮小することになり、隆はリストラされてしまう。50歳でオフィスワークのスキルがない隆の転職活動は難航し、フードデリバリーサービスで配達員をしながら、あきらめずに転職活動を続けていた。
途方に暮れていたとき、居酒屋時代の常連だった不動産会社の社長と偶然再会する。「うちで仕事をしないか?」と、突然の誘いを受ける隆だった。
●前編:「こんな惨めな思いをするなんて…」コロナで失職、どん底の50歳・元飲食業の男性に声をかけた「思いがけない人物」
「月給18万」の誘い
翌日、権堂から詳しい話を聞くために、隆は権堂の会社近くの喫茶店を訪れていた。
「突然で申し訳ないね。今日はありがとう」
「いえ、こちらこそ、お話しいただけて助かります」
「まあ、そうかしこまらず楽にしてくれよ」
権堂は2人分のコーヒーを注文し、まもなく運ばれてきたコーヒーが2人の前に並べられる。
「それで、頼みたい仕事についてなんだが、マンションの管理人なんだ。具体的には1日2回の巡回と設備点検。それと清掃だね」
「……それだけ、ですか?」
権堂はうなずき、コーヒーを口に含む。
「それが主な業務だ。あとはまあ、住人から何か直接苦情を言われたら速やかに管理会社へ連絡をする。そうすれば、そっちが対応してくれることになってる。ほぼないと思うがね。住人は困ったことがあったら管理会社に連絡をするようにって入居の段階で話をしているから。一応、これが条件なんだが、年齢もあるし、給料は相談してくれ」
権堂にスマホの画面を見せられる。それは求人サイトに掲載されているページで、〈月給18万〉〈各種社会保険完備〉〈交通費全額支給〉などと書かれている。もちろん正社員としての登用だった。
給料だけで言えば、店長時代よりも低い。しかし正社員で福利厚生もちゃんとしているし、何より18万ももらえるにしては、仕事内容があまりにも少なすぎる。
そんな隆の内心を見抜いたのか、権堂はおかしそうに目尻を下げる。
「なんでその程度の仕事でこんなにもらえるのかって顔をしているな?」
「あ、はい、ちょっと、条件が……」
「仕事内容はこれだけ。うちとしては管理人を置いておく必要があるんだよ。マンションとしては管理人がいるかどうかで入居率が変わってくるからね。独身女性からしたら、それだけで安心感があるんだろう」
その言葉を聞き、隆は少しだけ納得した。
「それに前の管理人が突然辞めてしまったからな。急いで探しているというのもあるし、やっぱり信頼できる人間に頼みたいという気持ちもあるから。渡りに船だったよ。清水さんが仕事に真面目なのはよく知ってるからね」
権堂は隆を見て、ほほ笑んだ。
隆はやってみようという気持ちになった。数々の採用試験で落ち続けていたので、自分が必要とされていることが素直にうれしかったのだ。
隆はその場で権堂の申し出を快諾し、書類にサインをした。その日の夜にクリーニング店のパートから帰ってきた冴子に報告すると、自分のことのように喜んでくれた。
もうフードデリバリーの配達員をすることもないだろう。
隆は翌日、最寄りのサポートセンターに足を運び、3年間、生活を支えてくれた配達用のバッグを返却した。
空は薄く曇っていたが、気持ちは晴れやかだった。