1枚の紙切れがきっかけで…

レストランでのディナーからしばらくたったある日、剛典は夫婦の寝室で見慣れない紙切れを発見した。どうやらゴミ箱に入りそびれて、床に落ちてしまったようだ。妻の幸は、ああ見えてずぼらな性格で、よくゴミを投げてはゴミ箱から外してそのままにする癖があった。

やれやれとため息をつきながら、剛典は仕事で疲れた身体を引きずって紙切れを拾い上げた。寝室の床に落ちていた紙片は、ボートレースのチケットだった。剛典は、生まれてこの方ギャンブルの類いに手を付けたことがない。

もちろんボートレースに関する知識も皆無だったが、チケットには隣県にあるレース場の名前と「3連単」の文字が印字されていることから考えても、それが舟券であることは疑いようがなかった。

剛典は、まさかと思いながらも1階へ下りて行って、夕食の準備をしていた幸に向かって何気ない調子で尋ねた。

「なぁ、これが寝室に落ちてたんだが……」

剛典が舟券を見せると、幸は一瞬顔をこわばらせたように見えた。しかし、すぐに照れたように笑って、忙しそうに料理の作業を再開したのだ。

「あー、それね、お友達に誘われて1回だけ行ってみたの。なんとなく恥ずかしいから、あなたには黙ってたんだけど、見つけちゃったんだね」

「へぇー、そうだったのか。初めてのボートレースは楽しめた?」

剛典が質問すると、幸は大げさに首を振って否定した。

「いやいや、全然! 周りはおじさんばっかりで居心地が悪かったよ! 慣れないことするもんじゃないね!」

「……そっか。まあ、たまにはそういう体験も新鮮でいいかもね」

カラカラと乾いた声で笑う幸を見て、剛典は釈然としない気持ちになったが、その場では納得したふりをすることにした。図らずも妻が内緒にしたがっていたことを暴いてしまったせいで、多少後ろめたさを感じていたからだ。

寝室に戻った剛典は舟券を握りしめ、隠すようにゴミ箱の奥へと押し込んだ。

●剛典が感じた違和感の正体は……? 後編「常に周りから母親として扱われ…」老後資金をギャンブルで溶かした妻が語った「衝撃の事実」】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。