年相応の笑いじわ

それから数か月後。彩花は夫の進とともに小さなアパートで暮らし始めていた。たとえ自分の家であっても、過失により建物を燃やした場合は罪に問われることになる。

もちろん彩花の場合も例外ではなかったが、幸い隣家とは距離が離れていたこともあって、近所に火が燃え移ることもなく、ケガ人も出なかった。進が懸命に庇(かば)ってくれたことや義両親が腕の良い弁護士を紹介してくれたかいもあって、彩花は比較的早く日常生活に戻ることができた。

「本当にすまなかった」

アパートに越して、2人でもう一度やり直そうと決めた日、進はそう言って深く頭を下げた。

「安易な気持ちだった。彩花がきれいになって、機嫌もいいし、なんだかうれしくなって、手のひらを返したみたいに接してしまった。そんな、見かけで選んで彩花と結婚したんじゃないのに、俺は、君にひどいことをしてしまった」

彩花は首を横に振った。自分こそどうかしていた。お金を使えば使ったぶんだけ自分の容姿が思い通りになる手軽さに、彩花は酔っていたのだと今だからこそ思う。

もちろん美容整形を否定するつもりはなかった。まぶたが二重になることで、見える世界が変わって勇気づけられる人もいる。長年苦しんだコンプレックスから解放されて、背筋を伸ばして生きられる人がいる。

ただ、彩花には過ぎたものだった。あの火事以降、彩花は整形をしたいとは思わなくなったし、鏡に映る自分の姿も怖くなくなっている。無理な整形を止めてからは、徐々に顔に表情が戻って、以前より柔らかな印象になっているようにすら思えた。

家計を助けるために思い切って応募したパートにも無事に採用され、彩花は前よりもずっと生き生きとした日々を送っている。家事と仕事の両立は大変だし、前の家と比べれば狭いアパートだったが、彩花は今の自分を確かに幸せだと感じられた。

インターホンが鳴る。彩花は夕食を配膳する手を止めて玄関へ向かう。向かうと言っても、玄関は振り返れば居間からもすぐに見える距離にある。それでも彩花は鍵を開け、扉を開ける。

「ただいま」

「おかえりなさい、あなた」

玄関で進を出迎える彩花の穏やかな目元には、年相応の笑いジワが刻まれていた。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。