燃え盛るマイホーム
自分の顔がとにかく醜く思えて仕方なかった。舞衣子の顔を思い出したり、テレビや雑誌で美しい女優の顔を見たりするたび、彩花は激しい劣等感に襲われた。自分が醜いと思い込み続けた彩花は、やがて自分の姿を徹底的に嫌悪するようになった。
彩花は手始めに携帯に入っていた写真のデータを全て消去して、次に家のなかにあるあらゆる鏡を段ボールでふさいだ。それでも気は済まず、彩花は昔のアルバムを引っ張り出して写真を燃やすことにした。燃やしてしまえばもう何も見なくて済む。醜い自分は、徹底的にこの世から消し去らなければいけなかった。
彩花はアルバムから剝がした写真をコンロの火にくべ、シンクの中の水をはった洗面器へ捨てていく。光沢紙は勢いよく燃え、赫々(かっかく)と盛る炎の向こう側に醜い自分がのみ込まれていく。それは整形する術を失ってしまった彩花が唯一できる自分への慰めだった。
「熱っ――」
ふいに燃え上がった火が彩花の指先をなでた。思わず手を放してしまい、火のついた写真はキッチンに敷かれたマットの上に落ちる。毛足の長いマットの上で火はあっという間に広がり、ようやく彩花はわれに返った。
手近なところにあった布巾を手に取り、火を消そうと試みる。しかし火のついた写真は風で舞い、床に落ち、キッチンからリビングへと流れ、火の手はあっという間に広がっていった。
彩花が選んだカーテンも、進が好きな小説が詰まった本棚も、炎がのみ込むまでに時間はかからなかった。どうして良いか分からず、その場に立ちすくむ彩花。
「何をやってるんだ⁉ 早く逃げるぞ! 彩花!」
気がつくと、いつの間にか帰ってきていたスーツ姿の進が彩花の腕を引いていた。もし進が家にいなければ、彩花は間違いなく逃げ遅れていただろう。彩花は燃え盛るマイホームを見つめながら、ぼんやりとそう思った。
その後、近所の通報でやってきた消防隊によって火は消し止められたが、彩花たち夫婦の家は跡形もなく全焼してしまう。家の焼け跡を見た彩花は、そこで初めて自分がとんでもないことをしてしまったと気付く。
「ごめんなさい、あなた……私、写真を燃やしてて、それで……」
「分かった、分かったよ……」
進は崩れ落ちる彩花の肩を抱いてそう繰り返した。
「だって、あなたが喜んでくれたから。初めてヒアルロン酸を打ったとき、見違えたって言ってくれたから、もっときれいになったら、喜んでくれるかなって思って、それで、うう……うああ……あなたの、あなたのせいよっ! あなたのせいなのよぉ……」
あとは言葉にならなかった。進は半開きの口を動かして何かを言おうとしていたが、なかなか声にはならなくて、ようやくごめんと絞りだして、涙を流していた。