お金に対する決定的な価値観の違い

その後も佑典は何度も莉乃に電話をかけた。しかし莉乃はこちらの呼びかけを全く聞いてくれない。それでも佑典は何とか借金を返せるようにと馬車馬のように働いた。

実際、会社での評価は上々で、出世コースに乗っている実感はあった。10年よりは前倒しで返せるようになるかもしれない。しかし、莉乃たちは今月中にでも返済しろと思っているようだ。そんな無理難題を押しつけてくる義父たちに対して、佑典はどんどん気持ちが離れていっているのを感じながら生活を続けた。

莉乃と連絡が取れるようになったのは、家を出て行ってから2週間がたった頃だった。しっかりと話がしたいということで佑典は義実家に呼び出された。いつものように門の前でインターホンを鳴らす。現れた義母はいつもと違って冷たい態度で佑典を中に引き入れた。

そして広い客間で佑典は莉乃と再会を果たす。

「借金は返したの?」

それが莉乃の第一声だった。佑典は首を横に振る。莉乃はしっかりと舌打ちをした。

「借金があったなんて、最初から言っておきなさいよ」

そこから佑典は借金を作った一部始終を語った。これを言えば、莉乃だって分かってくれると思った。しかし莉乃の反応は冷たかった。

「そんな理由で借金なんて作ったの? バカみたい」

「……え?」

「それだったら、うちを頼れば良かったのよ。300万? そんなはした金のために借金なんてして。恥よ、恥。そんな額も払えないのかって、お父さんが恥をかくのよ?」

「でも俺は、自分の力でちゃんと式を挙げたかったんだよ」

莉乃は鼻を鳴らして笑った。

「借金をしてるじゃない。あんたの金じゃないわよ、それ」

「なあ、莉乃。借金をしていることが悪いのか? それとも黙ってたことが悪いのか? どっちなんだ?」

「どっちもよ。由緒あるわが家にとってあんたの借金は汚点なの。そんなのがバレたら、ご近所からなんて言われるか分かったもんじゃないわ」

莉乃や義両親を喜ばせたくてしたことが汚点なのか。そういう風に捉えるんだな。

そう思った瞬間、急速に気持ちが冷めていく。

「じゃあ、どうする? 汚点の俺をそのままにしておくのか?」

「そんなわけないでしょ。離婚するから。宏太のためにもこんな借金を作るような親と一緒に生活させるわけにはいかないわ。そんなの情操教育に悪いから」

「そうか、分かったよ」

佑典は即答した。その瞬間、深く息を吐き出した。

これで離婚。これで他人。そう思うと初めてこの家で呼吸ができた気がした。