指導者になった父

宗次の生活は野球一色だった。

昔はプレーヤーとしてだったが、今回は指導者としてだ。毎日、圭太に自分が教わった野球の極意を教え込む。

さらに自分が教わったころと現代では野球の指導方法が全く違うことを知る。バッティングにおいて、宗次の世代はボールを上からたたくように打てと指導されていた。しかし今ではフライを打つようなアッパースイングが常識となっている。いわゆる”フライボール革命”というらしい。

自分の知識はあまり当てにならないと思った宗次は、指導の勉強も同時並行で行った。圭太に野球を教えられるのは宗次しかいない。だからおかしなことを教えてしまったら、圭太の野球人生を棒に振ることになる。

そう思い、睡眠時間を削って野球のことを勉強した。高校時代でもこんなに野球について考えたことはなかった。

圭太への個人レッスンを続けていくうちに、今の環境ではどうにもならないということを感じるようになった。

宗次が住んでいるのは、賃貸マンションだ。練習をするには近くの公園に行くしかない。ただ公園でできる練習は限られている。そこで宗次は圭太を近くの少年野球チームに入れることにした。

圭太が野球をやりたいと言ったときに最初に思いついていたのだが、圭太をわけの分からない人間に指導させることに抵抗を感じ、保留にしていたのだ。しかし練習環境と試合経験が得られるとなると、背に腹はかえられないと決断した。

その代わり、圭太と同時に宗次もコーチとしてチームに入った。こうして最高の環境を手に入れることに成功し、圭太もますます野球がうまくなっていった。

初めての対外試合、圭太は代打として出場し、いきなりヒットを放った。

宗次は静かにうなずいた。教えたとおり、素直にバットを振り、それが結果につながった。これを続けていけば、プロという道が見えてくる。そう実感した。

それから宗次はますます圭太への指導に熱を入れた。

「なあ、みやび。圭太が中学に上がるタイミングで、引っ越しをしようと思う」

「ええっ、また野球?」

台所で料理をしていたみやびは露骨に嫌そうな顔をした。

「ああ。とはいってもちょっとここから離れるだけだ。中学だって校区は今と変わらない」

「じゃあ何でよ?」

「近くにシニアのチームがあるんだ。そこは全国大会に出るくらいに強いからな」

「わざわざ引っ越さなくてもよくない?」

「ダメだ。移動の負担をできるだけなくして、練習に集中させたいんだ」

「あれ、中学の野球部は?」

「入れない。中学のときから硬式で練習をさせたほうが良いに決まってるからな」

みやびはよく意味が分かってないようだ。宗次も軟式と硬式の違いは面倒くさいので説明しなかった。

「でも、あなた仕事はどうするの?」

「……いや、それも大丈夫だよ。車で通うから」

みやびに気取られないように取り繕ったが、正直、仕事のことを全く考えていなかった。