友人からの忠告

「へえ、そうなんだ」

興味なさそうに摩耶はコーヒーを飲んだ。凌久の話をしているのだが、摩耶は愛想のない反応を繰り返していた。

摩耶は大学時代の友人で、27歳で結婚し、2人の子供を育てている。旦那は商社で働いているらしいのだが、コロナによる不況のあおりを受けて年々給料が減っているらしく摩耶も最近になってパートを始めたらしい。

そんな近況に美香は内心では優越感に浸る。金や家族のことを考えながらあくせく暮らすのもそれはそれで悪くなそうだが。

「その時計っていくらするものなの?」

「60万くらい」

美香の言葉を聞き、摩耶の口がへの字になる。

「あんたさ、もうちょっとマシな使い方をしたほうがいいわよ」

「良いのよ別に」

「働かないにしても、ちゃんと投資して増やすとか何かしないと。いざっていうときに困るのは、自分なんだよ」

摩耶のお節介を、美香は鼻で笑う。

「そんなときがないもの」

「お金はもっと大事にしないと」

「あなたはね。私は腐るほどあるんだから、別に大事になんてする必要がないの。それに欲しいものなんて何もないんだから、人のために使うのが良いのよ」

美香の言葉と態度に摩耶はため息をつく。

「……その男さ、本当に大丈夫なの?」

摩耶の心配も美香には嫉妬にしか聞こえない。良い男と関係を持てない女の遠ぼえ。そんな気持ちを隠しながら、美香は笑顔で「あの子は良い子よ」と返した。

燃え盛る部屋の中で

こんな暮らしをしていると、毎日が退屈の連続だ。心が動くことなんてめったにない。

しかしこの日はそれがあった。凌久がCM出演の最終オーディションに進んだと言ってきた。こんなことは今までになかった。

今度お祝いをしなくちゃねと連絡し、美香は買い温めておいたワインを開けた。そしてアロマキャンドルをつけ、お気に入りの音楽を流しながらワインを楽しんだ。

 

……焦げ臭い。

その臭いで意識が戻る。

焦点はまだ定まらないが、意識はさえてきた。そこで自分が酔っ払って寝ていたことに気付く。周りがやけに騒がしい。また例のサラリーマンがしかっているのかもしれない。頭が痛い。黙ってくれ。しかし外から聞こえる声が静まりかえることはなかった。

さすがに一言、言ってやろう。

美香はゆっくりと目を開く。目の前の景色は鮮やかな赤に染まっていた。

熱い。

「何これ……」

目の前で見慣れた調度品や壁が燃えている。悲鳴を上げようとしたとき、煙が喉に入りむせ返る。内側から喉を突き刺されたようで、美香は思わずうずくまる。

家財が爆(は)ぜる音に紛れて、サイレンの音がどんどん近づいてくる。

意識を失いかけたとき、消防士が美香を抱きかかえた。何かいろいろと声を掛けられた気がするが、美香はそれが頭に入ってなかった。

消防士に連れられて家から脱出できた美香は救急車に乗せられた。両親が残してくれた家が囂々(ごうごう)と音を立てながら燃えていた。

●絶体絶命の美香……、命は助かるのだろうか? 後編【「命以外は全て失った…」自宅全焼で男にも捨てられ絶望したママ活女性に差し伸べれらた手の「正体」は…にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。