マッチングアプリで出会った20歳以上年下の男性
夕方になり、美香は鼻歌を歌いながらメイクを始める。
今日は凌久と会う日だった。凌久は24歳で役者志望。毎日、稽古とオーディションを受ける日々を送っていた。
凌久とはマッチングアプリで出会ってから、週に2度は会うようにしている。ミシュラン常連の有名なシェフが作るフレンチへ連れて行き、誰もが憧れる高級ブランドのコートやスーツを買い与えた。
美香には他にも同様の男が数人いるが、その中でも凌久が1番のお気に入りだった。
予約していたイタリアンにやってきた凌久は落ち着かないように辺りをキョロキョロしている。
「どうかしたの?」
「いや、こういうお店には美香さんと以外で来ることがまずないので。いつまでたっても慣れないんですよ」
「そんなんじゃダメよ。あなたは俳優で売れるんだから、今のうちからこういうお店に慣れておかないと」
美香の言葉に、凌久は背筋を伸ばす。凌久が今日着ているジャケットも、つい先月に美香が買い与えたものだ。美香の見立ては完璧で、動かず黙って座っていればきれいな顔立ちも相まって美術品のようにすら見える。
「どうオーディションは? 順調?」
「いえ、それが、難しいですね」
落ち込んだ凌久の顔を見て、悲しいような安堵のような複雑な気持ちになる。
「凌久を落とすなんてその面接の人は見る目ないのね」
「いや、それよりもやっぱり大手事務所に所属しないと厳しいっすね。特にテレビや映画はそういうのがないと……」
「じゃあ、所属になればいいじゃない」
凌久は苦笑いを浮かべる。
「そう、ですね。そういうのもやっていきたいんですけど、公演もあるし、バイトもあるしなかなか時間的に厳しい部分はありますから……」
「いろいろと大変なのね……」
貧乏人は、とは言わなかった。代わりにエルメスのバッグから小包を取り出して凌久へと渡す。
「それじゃこれ、あなたにあげるわ」
「え、これって……」
「良い時計でしょ。カルティエよ。私も好きだからおそろいでどうかなって思って」
「あ、ありがとうございます!」
凌久のその笑顔を見ると、美香もうれしくなる。
凌久は他の男とは違う。夢を追っていて、真面目で、そして大学時代に好きだった男にそっくりなのだ。
かつて相手にされなかった男が目の前にいるようで、美香は笑みをこぼす。