投資を始めて変化した日常
後になって、神塚は、自身が購入した「全世界株式(オール・カントリー)」のインデックスファンドで、わずか5%しか投資比率がない日本株が多少値上がりしようが、全体に与える影響は小さいと思った。にもかかわらず、投資を開始するかどうかを迷っていた時には、日本株の行方が全てのように思えていた。人間の心の動きは、なかなか理性的には動かないもののようだ。神塚は、その後の数日間は、基準価額の値動きをチェックしていたが、そもそも、今すぐに換金することはなく、10年、20年先を考えて投資しているものだ。今日、明日の価格が上がったり下がったりすることが、投資成果に大きな影響があるとも思われなかった。そう思って、基準価額をチェックすることを止めて数日すると、ふっと肩の力が抜けて楽になった。これからは自動的に毎月3万円が口座から引かれて、インデックスファンドの購入が続いていく。
そして、投資を始めることに対して身構えるような気持ちがなくなると、自分自身が株主となったことの実感がジワジワとやってきた。投資先の上位組み入れ銘柄は、マイクロソフト、アップル、エヌビディア、アマゾン、メタ・プラットフォームズなど、世界の一流企業ばかりだ。中小企業に勤めている自分とは、消費者としての立場以外で関わり合いになる機会はなかったが、今では、小なりとはいえ株主になった。この気分は悪いものではない。優秀な経営者が世界の市場を相手に大きく稼いで、業績を上げて株高に貢献してくれる。そういうグローバル経済に投資を通じてつながっていることが、くすぐったいような、誇らしいような気持ちにしてくれる。
神塚にとって、グローバル経済につながっているような気持ちは満足感をもたらしてくれた。それが、豊かさの象徴のように思えたのだ。この思いがけない心境の変化によって、神塚は投資を始めたことが良かったと思えた。むしろ、なぜ、今まで投資していなかったのかと後悔するような気持ちになった。社会人になってからの年月を無駄にしていたようにすら感じられた。それでも良いと思った。遅ればせながらでも投資を始めたのだから。これから、毎月のように投資資産が増えていくことが楽しみだった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。