財布がない!
次に向かったのはキングス・クロス駅。ここは世界的にもはやった魔法学校を舞台とした映画で有名になった駅で、イギリスでも主要ターミナルとして使われているのでとにかく人が多い。
思いつくままに行動できる。これも1人旅の利点だった。向かった先は初日のメインイベントにしていた大英博物館。入場料は無料だが、入り口で5ドルを寄付し、そこから幾つもの歴史的で有名な作品を見て回った。見終わってから博物館を出ると、美穂は大きく息を吸い込んだ。
もう夕方になる。
ロンドンに来てから数時間しかたってないのに、美穂にとっては何十年分の刺激を一手に味わっているような気持ちになった。
こんな経験ができるなんて。
もっと早くに来ていれば良かったな。
美穂は来た道を戻り、ホテル近くのショッピングモールを歩く。雰囲気の良さそうなアンティークの店を見つける。
これまでの人生で物欲がないことを自負していた美穂だったが、こういうお店に入るといろいろなものが魅力的に見えてしまう。これもイギリスという土地がそうさせているのかもしれない。いかにもロンドンらしいティーカップやオルゴールなど幾つも手に取ってしまう。
迷ったなら全部買ってしまえ。美穂は気に入った商品を全て抱えてキャッシャーへ運んだ。
黒人の女性店員は仏頂面で商品の値段をレジへ登録していく。美穂は財布を取り出そうと肩掛けポーチを手に持って違和感に気付く。
ポーチは明らかに軽かった。
体中の体温が一気に冷めていくのを感じた。
恐る恐るポーチを前に持ってきて中身を確認する。
ない。
財布がない。
落とした。いやあり得ない。地下鉄で切符を買ったときには確かにあったはずだ。
その後はポーチに戻して、触ったりしていない。
なのに、ない。
店員が商品の合計金額を指で指し示す。しかしいくらだったとしても払うことはできなかった。
●体から血の気が引いていく美穂、人生初の海外旅行でのトラブルを無事に乗り切れるだろうか……? 後編【「英語が出てこない!」初めての海外女1人旅でスリ被害に…窮地を助けた“恩人”の正体は?】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。