「推し」との夢のような時間
ライブ当日、夏織と落ち合って会場へ向かうと、そこにすでに多くの人だかりができていた。入場から開場までのあいだ、百合子たちはライブグッズを買いあさり、百合子は購入したグッズをトイレで身につけ、フル装備でライブに挑んだ。
ライブは夢のような時間だった。いつもテレビで見ていたバニーズは、生で見るとその神々しさが倍増しているように感じた。1度だけホクトが百合子たちの席に近づいてきたことがあった。
「ほら、百合チャン、うちわを振って、振って!」
百合子は必死で自分の存在をアピールするために、お手製のうちわを振る。
すると、ホクトがそれに気づき、手を振ってくれたのだ。
「い、いま、ホクトがこっちに手を振ったよ!」
「そうだね、良かったね、百合チャン!」
「か、かわいいわ、ほんと、あの笑顔はちょっと……」
ホクトはまた別の場所に移動してしまったが、それでも百合子はその背中をいつまでも目で追っていた。
怒濤(どとう)のライブはあっという間に終わりの時間を迎え、最後のあいさつとなる。1人ひとり順番に今日のライブへの思いや、ラビッツへの感謝を話していく。夏織の推しであるショウタはユーモアを交えて話すのが上手で、客席に大きな笑いが生まれていた。
最後にホクトの順番が回ってくる。ホクトは客席に手を振り、笑顔を向ける。百合子は胸の前で手を握って、ホクトを見つめていた。
「今日は、本当にありがとうございました。こんなに大勢のラビッツが来てくれて、声援を送ってくれて、マジで幸せな時間でした」
そこでホクトは目を伏せる。
「まさかこんな景色に俺がたどり着けるなんて思ってなくて、本当に……」
そこで言葉が切れる。ホクトは客席から顔を背けて目頭を押さえていた。頑張れ! と声が飛ぶ。気づけば百合子も懸命に叫んでいた。
「オーディションのとき、俺が合格したことで、落ちた候補生がいて、そういうみんなの夢の先に俺は立ってるんだって思いでずっとやってきて……バニーズも、俺も、まだまだこれからだけど、今日ここでみんなと見れたこの景色は、ほんとにかけがえのないもので……うまくまとまんないや」
ホクトが照れ笑いを浮かべ、客席にも温かな笑いが広がる。
「これからも、またここに戻ってこられるように、もっと大きい景色を見られるように、どこまでも頑張るので、これからも応援よろしくお願いします!」
ホクトが言い終えた瞬間、会場内は割れんばかりの拍手が起こった。
スゴい。会場を見渡して百合子は驚いていた。
今、この瞬間、確実にホクトはバニーズの中心にいた。
音楽がかかる。7人が星を描くようにフォーメーションを組む。歓声が爆発するようにあふれだす。
「最後は俺たちバニーズのデビューシングル『流れた星の数だけ』――」