<前編のあらすじ>

百合子(52歳)は、夫の浮気が原因で離婚をしてから、財産分与された3LDKのマンションで怠惰な生活を送っていた。そこへめいっ子の夏織(17歳)が家出をして押しかけてきた。招かざる客に困惑していた百合子だが、夏織が持ってきたアイドルグループ「バニーズ」のライブDVDを一緒に見ているうちにすっかりファンになってしまった。夏織が家に帰る日には、お互いに抱き合って泣くくらいにうちとけた2人だったが……。

●前編:50代女性が離婚後にめいの「布教」でアイドル沼へ没入してから「変化したこと」

 

「推し事」に励むバラ色の日々

バニーズのファンはラビッツと呼ばれているらしい。見事にラビッツ化した百合子は季節が変わっても、変わらずに推し事に励んでいた。

朝のアラームはバニーズの曲になり、朝の準備の間、テレビではバニーズの曲を流す。

移動の車中ではバニーズのラジオを流しながら、仕事が終わり家に帰ると、メンバーがSNSを更新していないかをチェックする。夏織とメッセージを送り合い、あの番組のここが良かった、SNSのこの写真がカッコよかったと初恋に盛り上がる学生のように騒いだ。増え続けるグッズに夫の書斎だった部屋はあっという間にバニーズのための部屋に変わった。

退屈だと思っていた日々がどんどんと過ぎていき、バニーズに出会った夏が終わって秋が過ぎ、冬がすぐそこに迫ってきていた。

当落発表

「百合ちゃんはやっぱりホクトが推しなんだね」

寝る前にはたいてい夏織とバニーズについて語り合う。毎日のように新しいトピックがあるので、会話が尽きることはなかった。

「そうね。最初の印象がやっぱり大きかったからね」

「正直、ホクトってギリギリで合格だったからね。オーディションから見ている人たちの中にはアンチもいるのよ」

オーディションの中でホクトと争っていたもう1人のメンバーも人気があったらしい。その人を差し置いて選ばれたことに、反感を持つ層もいるようだ。

「そんなの、ホクトは悪くないのにね」

「ま、しょうがないよ。どこのアイドルもそういうのはあるみたいだし」

「だからこそ、ホクトはライブやテレビを頑張ってるのよね」

「いやいや、みんな頑張ってるから。とくにショウタはね」

こんなことばかりをいつもしゃべっている。どっちの推しが良いかなんて不毛な会話。でもそれがたまらなく楽しい。

「私たちの戦いももうすぐだからね」

夏織は気合の入った声を出す。それに百合子も同じ温度で返した。

「うん、アリーナライブのチケットよね」

「私ね、毎日寝る前にお願いをしてるんだよ。百合チャン、何かやってる?」

「当たり前でしょ。私は帰りに必ず神社によってお参りをしているんだから」

「さすがだね、絶対一緒に行こ」

「うん。絶対ね」

それから2週間後、チケットの当落発表日がやって来る。その日はさすがによく眠れなかったし、仕事も手につかなかった。

やがて時間通りに送られてきたメールの「チケットをご用意できました」の文字に、百合子は思わず大きなガッツポーズをしてしまう。もちろんすぐに夏織に連絡もした。連番で取ったチケットの同行者はもちろん夏織だ。

百合子はもう何度も見ているライブDVDを改めて復習し、推しうちわを作り、ライブの日を待ち望んだ。