恐怖の「負のスパイラル」を越えて
証券会社から資金を引き出してFXで勝負をかけた久美子が陥ったのは、この負のスパイラルだった。底なし沼のように、証拠金としてFX会社に振り込んだ現金が削り取られていった。結果的に、わずか1年足らずの間に、久美子の手元にあった4000万円ほどの資金は2000万円足らずに半減してしまった。そして、2010年8月にFX業界には「レバレッジ規制」が導入され、レバレッジの上限が「50倍」に制限される。さらに、2011年8月には上限が「25倍」に制限されたことによって、一獲千金を狙うことが難しくなった。
結局、久美子は、FXで資金を増やすことをあきらめて、麻衣を訪ねて証券会社に戻ってきた。久美子と面談した麻衣は、久美子の体験談を聞きながら短期売買の難しさやFXと株式や投資信託の投資の違いについて話していた。「FXによる為替取引は、主に通貨の変動を予測して売買益を狙った投資なので難しいのです。株式や投資信託の取引も、短期の反対売買で利益をあげようとすると難しいのですが、配当や分配金を受けながら、中長期に企業や投資先の成長に応じた資産価値の拡大をめざす投資を進めましょう」と、麻衣は投資信託を使った長期投資について説明を進めた。
「渡部さまが為替の円安に賭けて失敗なさった悔しさは、よくわかります。今、為替は1ドル=76円台の円高水準です。渡部さまがFXを撤退されてから、さらに一段と円高が進んでいますが、今の為替水準をどう思われますか?」と麻衣は聞いた。これに対し久美子は、「円高が行き過ぎていると思う。正直、為替で勝負してみたいという気持ちはあるけれど、また、円高が進んで、今以上に資産が目減りしたら、亡くなった父親にも申し訳ないので、これ以上は無謀な賭けはできない」と言った。そこで麻衣は、「では、渡部さまのお気持ちをくんで、投資資産を海外に求めましょう。短期の為替変動に一喜一憂することなく、為替の円安効果も併せて狙って、海外の成長資産に投資することを検討しましょう」と、米国株式を中心にした外国株式投資の案内を始めた。
成長資産への長期投資の結果
結果的に、久美子が購入したのは、米国の株価指数「S&P500」に投資するインデックス・ファンドだった。その頃、久美子が読んだ投資の本に「S&P500が最強の投資アイテムである」というようなことが書かれていたことが決断を後押しした。結果的に、為替はその後、1ドル=150円台までの円安を記録することになった。この間は10年程度の期間だった。為替の円安効果だけで資産価値が2倍増したことになる。さらに、S&P500は投資した当時は1200ポイント程度だったが、2021年には4500ポイントになった。変化率で3.75倍だ。為替の効果を合わせると、7倍以上の資産価値の向上になった。これによって、久美子は「リーマン・ショック」とFX投資の失敗によって目減りした資産価値を10年という投資期間をかけることで取り戻すことができた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。