安定した地位を30歳代でも捨てられるか?

小笠原は、最初は「おまかせ投資」という話を信じて資産運用を始めたものの、玉枝のアドバイスもあって、自己責任で運用することの重要性に気が付いた。その後、自分自身で調べて、納得のいく運用商品を選んで投資するようになったが、その運用にのめり込み過ぎて会社員としての仕事が手につかなくなってしまった。難関大学を優れた成績で卒業するほど勉強はよくできる人物なのだろうが、その行動は極端なところがある。それでも、その極端さが探究熱心という側面で発揮されれば、運用担当者として秀でた存在になれるかもしれない。エージェントとは、その点で玉枝の考えと一致していた。後は、小笠原の意志と、それを受けて運用会社の採用担当が、どのような判断を下すかということにかかっている。

明日香は、小笠原が現在の安定した地位を捨てて新しい職場に移ろうとしていることが現実とは思えなかった。今のまま勤め続ければ、今の会社で幹部として地位を高めていくことができるはずなのだ。30代の半ばで、これまでと畑違いの職場を求めることに不安はないのだろうか? 小笠原は、「独身なので、もし失敗するようなことがあっても自分自身が受け入れればよいだけのこと。それに、FIREをめざしてお金のことだけを考えていては、自分の人生を生きているような気がしない。資産運用を職業にするという考えにはワクワクする気持ちしかない」と答えた。その場で、エージェントとの面談の日程が決まった。

その後は、とんとん拍子に話が進んだようだった。エージェントが小笠原に紹介したのは、英国ロンドンに本社を置くヘッジファンドだった。歴史こそ30年程度と比較的若い会社だったが、ロンドン証券取引所に株式を上場し、今後の成長が期待されている会社だということだった。小笠原の英語は申し分なく、流ちょうな英語で語られた小笠原の投資哲学や小笠原が提出した運用リポートは、面接したヘッジファンドの担当者を大いに刺激したという。そのヘッジファンドは、将来は日本に拠点を置くことを計画しており、小笠原は日本拠点設立準備のためのスタッフの一員としても期待されていた。

働くのなら株式上場企業?

小笠原の就職が決定し、その報告に小笠原が玉枝を訪ねてきた時に、玉枝が小笠原に語ったのが、玉枝自身の証券会社勤務当時の体験談だった。明日香は玉枝の体験談について、明日香が証券会社に入社した当時に一度聞いていた。それは、玉枝が証券会社に勤めていたことで、その後の人生を豊かにする資産を蓄えることができたという成功体験だった。その玉枝の体験こそが、新しい人生にこぎ出そうという小笠原に向けての玉枝の手向けの言葉でもあった。小笠原が、勤めていたスーバーに辞表を出した時に話したのも、玉枝の話がベースになった話だったはずなのだが、小笠原の上司には、その話がうまくは伝わらなかったようだった。その玉枝の話とは……。

●小笠原の異変の理由とは? 後編【毎月5000円で資産が6000万に? これからの資産形成に必要なこと】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。