見違えた日常

再生回数143回が、すごいのかは分からない。いや、ただの主婦が料理を撮影しただけの動画を100人以上の人が再生してくれたのだからすごいのだろう。さゆりは少しずつ増えていく再生回数に確かな高揚感とやりがいを感じ始めていた。

編集に時間がかかってしまうから毎日投稿するのは難しかったが、それでも週2回くらいの頻度で動画を上げ続けた。そして10本目の動画を投稿したとき、はじめてコメントがついた。

〈声がいいですね。話のリズムも心地がいいです〉

料理の腕を褒められたわけではなかったが、天にも昇る気持ちだった。むしろ自分の声という、よく見せようと意識していない生得的な部分を褒められたことは、さゆりの退屈を一瞬で塗り替えるほどの威力があった。

最初のコメントを皮切りに、料理についてのコメントも増えていった。

〈レシピ、いつも参考にしてます〉

〈盛り付けがセンスある〉

〈焼き魚の下処理ってそうやってやるといいんですね。手際がすごすぎます〉

〈ハンバーグ作ってほしいです!〉

〈手元が見えづらいのでもう少し上からのアングルで撮影できますか?〉

さゆりはすべてのコメントにお礼の返信をした。コメントの中にはレシピをリクエストしてくれたり、動画撮影のアドバイスをくれるようなコメントまであった。

〈コメントありがとうございます。ハンバーグ! あまり作ったことはないのですが挑戦してみますね。〉

〈動画撮影は素人なので、アドバイスいただけてとても助かります。次の動画はアングルを変えて撮影してみます!〉

もうついこの前まで感じていた退屈さはなかった。さゆりの毎日は顔も見えない視聴者たちの言葉で鮮やかに彩られていった。

●退屈な日常が満たされたかのように見えたが、この時さゆりはSNSのほんとうの恐ろしさにまだ気づいていなかった 。 後編「アカウントは削除しろ」夫に内緒の動画投稿が垢バレした“意外な証拠”】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。