会議が押したと、待ち合わせの時間から10分遅れて清美が店にやってきたとき、さゆりは小さくため息を吐いた。

峰岸さゆりは退屈だった。大手銀行で働く政和を夫にもち、私立中学に通う娘がいる。田園都市線沿いのマイホームでの何不自由ない暮らし。それなのに退屈を感じている。同い年ながら現在も人気漫画雑誌の編集長として働く清美がうらやましかった。

「どうしたの、浮かない顔して」

男たちのなかで働き、編集長という立場まで出世してきた清美はきれいだ。ファッションにもメイクにも指先のネイルにも抜かりがない。

「娘が中学に上がったでしょ? 受験に慌ただしくしてたからなんか気が抜けちゃったっていうか、中学に上がったら一気に親の手から離れた感じがするっていうか、少し退屈でさぁ」

「だから急に会いたいなんて連絡してきたわけね。でも気楽になってよかったじゃない?」

「まあそうなんだけどさぁ」

「そんなに言うなら仕事探してみたら?」

清美の言う通りだったが、さゆりはかつて上司からパワハラ、セクハラを受けていて、結婚を理由に逃げるように退職した経験がある。仕事だって全く楽しいと思えなかったし、そんなことに今更時間を使うのはあまり気が進まない。

「それならSNSとか動画投稿でもやってみたら? 今の時代スマホで撮影も編集も十分できるし、自分1人だから気楽にできるでしょ」

「SNSと動画編集かぁ」

「意外といいみたいよ。最近は漫画もSNSでバズった漫画家さんに連載とか書籍化の声を掛けることもあるし、うまくいけばお小遣い稼ぎくらいにはなるかもよ」

「なるほどねぇ」