初めての投稿用動画

ランチを終えたあと夕食の買い物をして帰ったさゆりは動画編集について調べてみる。世の中には驚くほどたくさんの動画編集アプリがあった。自分で撮影したものにテロップを入れたり、小窓で画像を入れてみたり、BGMをつけてみたり、そういうテレビで目にするような動画編集がこの小さい機械1つでできるというのは不思議だった。

「別に投稿するわけじゃないわ。撮るだけ」

さゆりはキッチンへ向かった。今日はランチのためにお気に入りのディオールで買ったワンピースを着ている。動画を撮っても悪くない見栄えだろう。

さゆりが唯一他人に誇れるようなことがあるとすれば、それは料理だ。中学高校と女子高で料理部に所属していた。高校最後の年には部長も務めた。政和の同僚たちが食事に来たときは、店に来たみたいだと絶賛してくれていた。

キッチンの隅にスマホを固定して画角をチェックする。もし投稿するとしたら、顔が写ってしまうのは少し怖いので、肩から下だけが写るように調整する。さっき調べたサイトによると、小窓の景色から自宅が特定されるような危険性もあるという。さゆりは念のためマスキングテープで布を貼り付けて窓をふさいだ。

髪を後ろで1つに結び、エプロンをつける。何度か深呼吸をして録画を開始する。

「こんにちは~。…………」

言葉が続かなかった。さゆりは録画を止める。誰に見せるわけではないと思っていても、カメラに向かって1人でしゃべることがこんなに難しいとは思わなかった。それに、本名を名乗るわけにもいかないから、ハンドルネームが必要だ。

さゆりは考えた末、録画を再開する。

「こんにちは~。えーっと、リリーです。専業主婦をしています。子育てもひと段落して、時間を持て余しているので、お料理の動画を撮影してみようと思いました。素人なのでどこまで上手にできるか分かりませんが、よろしくお願いいたします」

シチューの出来はよかったが、動画の出来は最悪だった。手元が見えづらいし、途中でスマホが倒れてしまったせいで、調味料を加えている部分が音声だけになっている。仮に編集の腕があったとしても、投稿できるレベルの動画ではないだろう。

けれど動画を回して料理をしているあいだは刺激的だった。普段はただこなすだけになっていた夕食づくりが、ひどく新鮮なものに感じられた。

さゆりは次の日の豚のしょうが焼きも、次の日のメバルの煮つけも動画を撮影し続けた。手元がより見やすくなるようスマホスタンドを購入し、どうせ映るならとエプロンも新調した。

そして一週間後、ようやく満足のいく動画撮影のコツをつかむことができたさゆりは、慣れないながらも3日かけて編集作業を終え、ついに動画を投稿した。