地元には帰らない

実家の母親からは今も週に1度は電話がかかってくる。

「そろそろこっちに帰ってきたら? お父さんも陽太に手伝ってほしいって言ってるし」

父親が僕に地盤を譲りたいと考えているのは百も承知だ。だからこそ地元に戻るつもりは毛頭ない。そもそも、地方議員なんてろくなもんじゃない。

「地方創生」「誰一人取り残さない社会」とか何とか言いながら、結局は選挙とポストのことしか頭になく、金の匂いを素早くかぎつけ、政策や事業の一番おいしいところをかっさらう。

ああいうハイエナのようなやつらが跳梁跋扈する地方行政の世界にあえて身を投じたいとは思わない。犯罪行為に手を染める僕が偉そうに言えることではないけれど。

ある土曜日の朝

土曜日の朝、ベッドでまどろんでいる時にスマホが震えた。

「陽太、逃げろ! 山崎香奈の被害届が受理されたらしい。警察が動いている」

先輩だった。緊迫した口調からはただならぬ空気が伝わってきて、たちまち目が覚めた。

 

しかし、山崎香奈と言われても、記憶の引き出しからすぐには顔立ちやプロフィールが出てこない。

「俺たち、“組織”に切られたんだ。俺は逃げるぞ。絶対に捕まってたまるか」
たちまち通話は切れた。

危なくなったらトカゲの尻尾切りかよ。ふと、そんな自虐が口を突いた。

とにかくすぐにここを出ないと。リモワのスーツケースに服や日用品を手当たり次第放り込んでいた時、玄関のドアチャイムが激しく鳴らされた。

「河合さん、警察です。あなたに特定商取引法違反の疑いで逮捕状が出ています。ここを開けてください」

突然の、あまりにあっけないジ・エンド。

初デート、明日だったのに。こんな時まで沙織のことを考える自分をあざ笑った。

※この連載はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。