河合が沙織に惹かれた理由

沙織はとにかく忙しそうで、いつも疲れた顔をしている。勤務は朝8時から23時過ぎまで毎日15時間。顧客のケアや資料の作成、その合間を縫って新規のプレゼンの準備もあり、週末出勤も珍しくないらしい。

しかも、コンサルという業務の性格上、クレームやトラブルは日常茶飯事だ。加えて、モデルのような容姿の沙織は異性の上司や同僚からしばしば勘違いされてとんでもないセクハラに遭い、同性の同僚からは嫉妬によるいじめの対象となる。

 

コンプライアンス意識の高い沙織がマンションのジムでたまたま出会った僕に詳しい話を聞かせてくれるはずもない。しかし、僕の頭の中では逆境に立ち向かうお仕事女子のヒロインというストーリーが構築され、「この人を守ってあげたい」という一方的な思いが膨らんだ。

どこかの企業に就職していたら、僕も今頃若手社員として沙織のように顧客や上司に振り回される日々を過ごしていたのかもしれない。あまり考えたくないパラレルワールドだ。一方で、そういう真っ当な社会人生活を送る沙織を、まぶしいと感じる僕もいる。

大学在学中に受けていた忠告

大学を卒業する前、イベントサークルにのめり込み就活するそぶりすら見せなかった僕に親しかった同級生が忠告してくれたことがある。

「工藤さんには気をつけろ。あの人は半グレとずぶずぶっていう噂もある。お前のようなお坊ちゃんが付き合う相手じゃない」

確かに当時から先輩は限りなく怪しい、危ない雰囲気をまとっていた。半面、僕にとっては一緒にいて楽な人でもあった。恐らくそれは、先輩が限りなく率直で、本能に忠実だからではないかと思う。

建前を使いきれいごとを並べ立てる家庭環境に倦んだ僕には、先輩の本音の言動が心地良かったのだ。