店じまい
それから数日後、夕食時に勇司は久しぶりに皐月に話しかけた。
「もう店を畳むことにしたよ」
「……そう」
皐月の反応は乾いたものだった。
いや、きっと皐月もどこかで覚悟していたのだろうと思う。
「借金はどうするの?」
「まあ、アルバイトでも何でもして返していこうと思っている」
勇司はそう気丈に話す。しかしそんなことでは到底返せないものだというのは分かりきっていた。
そして勇司はテーブルの上に一枚の紙を置いた。
それは離婚届だった。
「……どういう意味?」
「お前には今まで、本当に迷惑をかけた。でもこれ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。借金は俺が全て返すから。だからこれにサインしてくれ」
これが勇司が悩みに悩んで出した結論だった。
借金は勇司が1人で背負う。それしか勇司にはできることはなかった。
「なによそれ?」
しかし皐月は勇司をにらみ付ける。
「ここまで付き合わせて、状況が悪くなったら捨てるってことでしょ? 格好つけたこと言わないでよ! 私は今までずっと専業主婦をやってて、働いたことなんてないのよ!? それなのに、これから一人で生きていけって言うの!?」
皐月の言葉に胸を締め付けられた。
勇司はそこまで考えが及んでいなかったのだ。
「……悪かった」
絞り出した言葉は結局いつもと一緒だった。
それから間もなく勇司はそば屋を閉店。最終的には借金しか残らなかった。
店を畳むとき、勇司にはもうどうしてそば屋を志したのか、その理由が思い出せなかった。
「……じゃあ、いってくる」
「うん、いってらっしゃい」
閉店の手続きもそこそこに、勇司は皐月に見送られて家を出る。
向かう先はハローワークだ。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。