父の涙

思えば、誰かと一緒に笑いながら酒を飲んだのは久しぶりだった。父は酒屋のくせに下戸だし、元妻とはそういう雰囲気にならなかった。

酒に酔って失敗したところから何もかもがおかしくなってしまったような気がしていたが、皮肉なことに康太の窮状を和らげてくれるのもまた酒だった。

車で向かったものの酒を飲んだので運転できず、歩く羽目になったが悪くない気分だ。ママや他の客は大丈夫だと言っていたし、実際に赤い顔で運転していってしまう客も大勢いるようだったが、出来心が身を滅ぼすと学んだ康太はちゃんと歩いて帰っている。

夜道の散歩を楽しんで家に帰ると、時刻は2時を回っていた。物音は聞こえないから父はもう眠っているのだろう。

そう思って鍵を開けたのと、異変を感じたのは同時だった。いや、正確には異臭と言うべきか。思わず顔を覆いたくなるような異臭が廊下の奥から立ち込めていた。

康太は靴を脱ぎ捨てて廊下を走った。リビングの扉を開けると異臭はさらに強まった。康太の全身に鳥肌が立つ。

リビングの真ん中に視線をやると父の背中が見えた。康太に気づいたらしい父は振り返る。

顔も髪も、来ているシャツもすべてまだらに茶色かった。

父もリビングも汚物まみれになっていた。それが異臭の正体だった。

「おう、康太おかえり……」

父は涙を流していた。自分がどんな状態か、今は明瞭な思考で把握できているのだろう。

「いいんだよ。おやじ」

康太は自分が汚れることもいとわずに父を抱きしめる。

痩せた父の身体は頼りない。それを支えることができるのは自分しかいないのだ。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。