親の介護でつぶされちゃった人
父は1日のほとんどをベッドで過ごすようになった。トイレなどの用事があるときはスマホで呼ぶよう言いつけてあるが、その言いつけすら忘れてしまうので父にはおむつをはかせている。
康太は、息子のことを分からなくなってしまった父との距離感が分からなかった。どれだけ懸命に世話をしても、父の目に息子の康太は映らない。そのことがつらかった。
店頭で相変わらず暇をしていると、隣町のスナックのママが訪ねてくる。父の時からの得意先であるこの店のママは相当な酒好きらしく、自分の店に置く酒は自分で見たいと、本来ならば電話1本で済むはずの注文のためにたびたび店に顔を出してくれていた。
「康太ちゃん、こんにちは」
「あ、どうも。いつもありがとうございます」
もともとの不眠と介護の疲れで半分眠りかけていた頭を無理やり起こし、康太は接客を始める。もちろん接客と言っても半分以上が世間話の気楽なおしゃべりだ。
「康太ちゃん、だいぶ疲れてるわね。大丈夫? 重治さん、そんなに良くないの?」
「良くないっていうか、まあ、ボケちゃってるんで。夜中に叫びだしたりするんですよ」
普段なら家の事情を話したりはしなかった。肉体的にも精神的にも、それだけ参っているということなのかもしれないと、康太は言ってからふと思った。
「そう……親の介護でつぶされちゃった人、お店の子でも見てきたから、康太ちゃんも気を付けて。愚痴くらいはいくらでも聞くからさ。康太ちゃんは大事なお付き合い先だから、サービスしてあげる」
「そいつは嬉しいっすね」
久しぶりにまともに会話できる相手と話したこともあり、ママがかけてくれる優しい気遣いが本当にうれしかった。
ママはいくつか酒を発注して帰っていった。
今日はきっともう客は来ないだろう。康太は夕方になったら少し早く店を閉めてママの店へ息抜きでもしに行こうと決めた。