<前編のあらすじ>

康太(41歳)は取引先相手との不倫がバレた事がきっかけで妻に離婚されてしまい、仕事もうまくいかず、心機一転実家へ戻ってきた。母は幼いころに亡くなっているので、父・重治(68歳)との2人暮らしだったが、交通事故を起こして足が不自由になった重治は認知症を発症していた。

●前編:自損事故がきっかけで認知症を発症… 父と息子の“限界田舎”の介護生活

頼れる人はいない

「いやだいやだいやだ!」

脱衣所で父が暴れだす。康太は舌打ちをしてため息を吐いた。

あれから半年、父の認知症は加速度的に進行していった。今ではもう一人息子である康太の顔すら分からない。30年以上前に死んだ母を探して家を飛び出していくことだって一度や二度ではなかった。

以前、隣町の公園で保護されたとき、警官に誰か頼れる人はいないのかと聞かれた。そのときは言葉を濁したが、頼れる人はいなかった。

高校までずっと独りだった。ガリ勉と陰口をたたかれ、上履きを隠されるなどの姑息(こそく)ないじめを受けたこともある。康太はこの寂れた田舎町が嫌いだった。群れることで自分が偉くなったと勘違いするやつらが多いことも、どんなささいなこともすぐにうわさ話として広まることも、コンビニが遠いことも、はやりの洋服や音楽を楽しもうと思ったら1時間かけて電車に乗らなければいけないことも、この田舎町の全てが嫌いだった。

何とかしてこの町を出たいという思いと、自分をバカにしたやつらを見返したい一心で東京の有名大学の合格をもぎ取った。以来、数年に1回年末年始に帰ってくるくらいの関わりしかもっていなかったこの町に、康太が頼れるような人間は1人も存在しなかった。

困ったのは、町にはケアセンターすら存在しなかったことだ。もちろん実家の酒屋の利益は安定しているとはいえ食うには困らない程度でしかなく、近くにケアセンターがあったところで康太に利用するだけの余裕があるかわかならない。

暴れた父の手が洗面台に置いてあった歯ブラシやコップをはじき飛ばす。

「だったら勝手にやれよ!」

康太はいら立ちのまま父を怒鳴りつけ脱衣所を後にする。リビングで机に突っ伏して耳をふさぐ。嫌だ嫌だと、就学前の子供みたいに駄々をこね、かんしゃくを起こしている父の声は耳をふさいだくらいでは遠のいてくれなかった。