いつの間にかテーブルに突っ伏して眠っていたらしい。康太が渇いた口を開けて深く息を吸いこむと、カビ臭さが感じられる。どこから漂う臭いなのかは分からない。痛みを訴える頭が重かった。
うっすらと埃(ほこり)の積もったダイニングテーブルの上には痛みの原因――発泡酒の空き缶と睡眠導入剤のシートが散乱している。
仕事に行かなくては――。
昨日から着たままの皺(しわ)だらけになったワイシャツからは汗の臭いが漂っている。ワインをこぼしたのか、曲がった襟には薄赤のシミがついている。
康太はワイシャツを脱ぎ捨てシャワーを浴びに向かう。ジェルで固めた髪は浜辺に打ち上げられた海藻のように脂ぎった額に張り付いている。足しげくジムに通って鍛えていた身体は、ここ最近の不摂生であっという間にたるんでしまった。右の乳輪から、太く縮れた毛が1本伸びている。
出来心でしてしまった不倫のせいで妻に別れを告げられてから二カ月がたっていた。
品行方正を絵にかいたような女で、曲がったことが嫌いだった。その真っすぐさには多少の息苦しさを感じてはいたものの、自分には出来すぎた妻だと分かっていた。
それなのに、つい魔が差してしまった。康太は41歳にもなって取引先で知り合った28歳の女に甘えられたことで、いい気になっていたのだろう。酒の勢いもあって1度だけ肉体関係を持ってしまったが、それはすでに取り返しのつかない過ちだった。
クレジットカードの明細からホテルの利用がばれ、芋づる式に1度きりの不貞がばれた。
その翌日、仕事に行った妻は帰ってこなかった。リビングにはハンコの押された離婚届だけが置いてあった。半年間の調停の末、康太は離婚届に判を押す。妻は事を荒立てたくないと慰謝料などは請求してこなかった。それは妻のほうが給料がいいという事実の当てつけかもしれなかったが、康太にできるのは謝罪だけだった。
全てが終わって、大きすぎる後悔と広くなったこの部屋が残った。