病院からの電話

着替えを終えて出社する。ワイシャツは洗ってあるものがなかったから、洗濯かごのなかから比較的きれいなものを選んで着た。少しにおう気がしたから、置いてあったファブリーズをふりかけた。目に入ったせいで、右目だけが充血している。

夜、眠れないせいで昼過ぎになるとどうしたってまぶたが重くなる。どうしようもないときはトイレの個室で仮眠をとった。サボっていたところで誰も何も言ってこない。康太のことなんて気にもとめていない。取引先社員との不倫と離婚はもっぱらうわさになっていて、むしろ康太は腫れ物扱いされていた。

帰り際、知らない番号から電話がかかってきているのに気づく。離婚調停以来、方々から電話がかかってくることも少なくなかったので、心当たりのない市外局番だったが康太は電話に応じた。

「——私、七ヶ台市立病院の笠井と申します。柳田康太さまでお間違いないでしょうか」

七ヶ台は康太の生まれ育った東北地方の地元の近くだった。笠井と名乗った看護師は父の重治が事故に遭ったと教えてくれた。幸い大事ではないものの、足の骨を折り、腰を痛めてしまって入院しているとのことだった。

康太は病院との通話を終えるとすぐに重治へと電話を掛けなおした。病室では電話に出ることはできない重治からすぐに〈なんだ〉とメッセージが返ってくる。聞いてみれば、車を運転している際にアクセルとブレーキを踏み間違えて電信柱に追突してしまったらしい。康太は頭を抱えた。

母は幼いころに亡くなっていて、重治は1人田舎で酒屋を営んでいる。父の老後や介護をどうしていくのかは、康太がずっと先送りにしてきた問題だった。

不倫がバレて以来、何もかもがうまくいかなくなっていた。

心機一転やり直そう。

三カ月後、康太は疲れ切った心身を引きずって、実家へ帰ることにした。