安易な判断ですべてを失った

高橋は深夜の交通整理のアルバイトを始めた。

40歳を過ぎた体に深夜の労働は堪えるものがあったが仕方がなかった。けれども冬の寒空の下、運転席から若い男に文句を浴びせられたりすれば、心はすさみ、涙が出た。

削られた睡眠時間は昼間の集中力を奪っていった。頭はいつもぼんやりし、食事が喉を通らなくなった。

山内にかぶせられた借金は貯金を使い、半分程度返し終えている。しかし月3万円の自分の小遣いを切り詰めたところで金額はたかが知れており、もちろん子供の養育費や進学費用に手を付けるわけにもいかず、その後の返済は難航していた。

専業主婦だった睦実も、隣の駅前のコンビニでパートを始めた。家には毎週のように取り立ての男が2人組でやってきた。男たちが提示する借金の金額は減らないどころか、少しずつ増えていった。子供たちは怯えていた。

いつ切れてしまうかも分からないロープの上を、歩き続けているようだった。いつまで歩いても、向こう岸は見えなかった。

「ごめんなさい」

睦実はうつむいて、高橋に書面を差し出した。

「このままじゃ子供たちがかわいそう」

それ――離婚届は借金の督促状よりも鋭く痛烈に、高橋の心に突き刺さった。

「もう限界よ」

「ごめん」

高橋は最後までそれしか言うことができなかった。離婚届にサインした翌日、高橋は荷物をまとめて家を出た。

それから間もなく、高橋は無理な労働がたたって身体を壊した。深夜のアルバイトはもちろん、昼間の本職も続けることが難しくなり、高橋は自己破産を申請する。

――なにもかも、すべてあいつのせいだ。

高橋は隙間風がひどいアパートの一室で、呪詛(じゅそ)のようなうめき声を上げて泣いた。